6 / 51
一章
〈6〉小公爵様、取引しましょう(6)
しおりを挟むそして。人払いがされた室内で、ロベリアはナターシャを庇護する代わりに彼女に愛の告白をしろ、などというとんでもなく無茶な要求を突きつけたのである。
(や、やってしまったわ……)
ロベリアはだらだらと冷や汗を流した。何しろ、完全に思いつきで口走った提案だからだ。
「…………は? 告白って……君は何を言ってるんだ?」
(あはは……本当に何を言ってるんでしょう……)
しかしあそこまで声高に豪語しておいて、今更後には引けない。ロベリアは一旦開き直ったら強い。
「言葉の通りです。ナターシャに想いを告げてください。まぁ……フラれるんですけれど」
「…………は?」
ユーリは完全に目が点になっていた。
小説『瑠璃色の妃』において、ナターシャの双子の妹、アリーシャ・エヴァンズがユーリを刺したその動機。それは――ナターシャに対する激しい嫉妬と劣等感だ。
アリーシャは幼少の頃から病弱で、今も都市から離れた田舎の屋敷で療養生活を送っている。アリーシャは、ナターシャの健康な肉体も、明るく清らかな性格も、両親の近くで愛情を受けながら育ってきたその境遇も、何もかも妬ましく思っていた。
そんなアリーシャは、半年後この王立学園に編入するのだが、ひと目でユーリに恋をするようになる。しかしユーリは、アリーシャが羨んで仕方がない姉に執心していた。彼女はその事実に絶望し、姉への烈情を募らせていく。そして、卒業式典で事件は起こる。
ナターシャは、国で最も高貴な王太子との婚約を式典後の夜会で発表し、幸せの絶頂を迎える。アリーシャはすでに、心を壊していた。ナターシャの晴れ姿に憤り、あろうことかその怒りの矛先を、姉を愛しているユーリに向けたのだ。
(もし……ユーリ様がナターシャを愛していなければ、悲劇が起こる可能性が少しは減るのかもしれない。少しは未来を変えられるかもしれない)
それにしても、もっとまともな案は思いつかなかったのか。とにかくロベリアは、非常に短絡的で、理知的とはいえない。
「……ユーリ様は、ナターシャへの深い愛情をひた隠しにしたまま、この先もずっと彼女だけを想い焦がれていくおつもり? ……いつかは前を向いて、あなたの道を生きていかなければならないでしょう。ユーリ様は、公爵家の家長として、家督を継いでいく責務がおありなのだから」
「余計なお世話だよ。これは僕自身の問題だ。それに、ナターシャへの想いを断たせて、君になんの意味がある? 僕は他の女性を好きになることはないよ。はっきり言って、君には心底失望している」
「……あの、その言い方ではまるで、私があなたに振り向いてほしいがために失恋させようとしているみたいじゃない」
ユーリは冷めた目で、「違わないだろ」と言った。
いや、全然違うのだが。きっとこれまでユーリは、ロベリアの想像を遥かに上回るほど女性たちからもてはやされてきたのだろう。日陰の底を這いずるような青春を過ごしてきた身としては、羨ましい限りである。さすがは、国一の婿候補などと謳われるだけある。
ロベリアは小さく息を吐いた。
「……これは、ただの自己満足の人助けなんです」
「人助け?」
「ええ。空回りすることもあるけれど……それでも、誰かの役に立ちたいって、心から思ってる。困っている人がいたら、相手が誰であろうと全力で手を伸ばして引き上げてあげたい。それが私の信条なの」
「その話が、この件となんの関係があるんだ?」
ロベリアは、真摯な眼差しでユーリをまっすぐ見つめた。
「……あなたに前を向いてほしいのよ。そうでないと……ユーリ様も……皆、だめになってしまうから……」
アリーシャに関われるのは今から半年後。それまでの間、できることといったらみっともなく足掻いて、小説のストーリーをなんでもいいから改変することだ。
もし、ユーリがナターシャへの固執を手放していたら、ナターシャが姉への嫉妬心で狂気に走るのを止められるかもしれない。何がどう転ぶか全く予想もつかないが、何もしないでいるよりは余程マシだ。
思いつきで発した要求だったが、それでも告白をきっかけに、彼が少しでも前に進んでいけたらという願いが根底にある。
「私……あなたや、あなたが大切に思っているナターシャに決して酷いことをするつもりはないわ。それだけは――信じて」
ロベリアの切々とした表情を見て、ユーリの美しい深碧の瞳の奥が微かに揺れた。
「取引っていうのは……冗談としても。今は、ナターシャの傍にいることを許してくれないかしら。彼女の信頼を裏切ることはしないと約束するわ」
「……僕が君を信頼するに値しないと判断したら、どんな手を使っても彼女から離れてもらうよ」
「構わないわ」
「…………」
ユーリはロベリアのすぐ前まで歩み寄り、長くしなやかな指で、彼女の顎をそっと持ち上げた。そして、艶美な微笑みを浮かべて囁く。端正な顔が、間近で目視できる。
「いいよ。今回は君に騙されてあげる。僕を失望させないように、せいぜい頑張ってみるといい」
「あの」
「……何?」
「ご自慢の綺麗なお顔をひけらかしたいのかもしれませんが、そういった自己主張はいかがなものかと。――離れてちょうだい」
「はは、面白くない奴」
ロベリアは両手で彼の体を引き離し、そそくさと生徒会室を後にした。彼女の後ろ姿を見ながら、ユーリはなぜか愉快そうに口の端を上げた。
46
お気に入りに追加
457
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました
平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。
王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。
ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。
しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。
ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?
家族と移住した先で隠しキャラ拾いました
狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」
ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。
「「「やっぱりかー」」」
すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。
日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。
しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。
ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。
前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。
「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」
前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。
そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。
まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる