18 / 23
18
しおりを挟むスフィミアとカルロッテのやり取りをちらちらと覗き見ながら、ひと言も発さずに存在を消しているアドニス。カルロッテは、意地の悪い笑みを浮かべて、スフィミアの耳元で囁いた。
「あんたと同じね。スフィミア?」
「…………」
スフィミアがバツが悪そうに目を逸らすと、カルロッテは次にアドニスの顔を覗き込んだ。隅から隅まで品定めするように観察する。
「へぇー、綺麗な顔してるのね」
「えっと……?」
「怖がらなくたって平気よ。そうだ! 好きなお菓子を買ってあげる。お姉さんに着いておいで」
そう言って彼女はアドニスの細い手首を掴んだ。咄嗟にアドニスのことを抱き寄せ、カルロッテを睨みつける。
「どこに連れて行くおつもりですか……!? 勝手なことはしないでください」
「私のこと疑ってるの? 歯向かうなんて生意気ね、不貞でできた子のくせに」
「……っ」
「前みたいに、池に落としてお仕置されたいの?」
スフィミアは下唇を噛んだ。
カルロッテの言う通り、スフィミアは父の不貞でできた子だ。不倫相手はスフィミアを産んでから父が既婚者だと知って自刃し、父は体裁を気にしてスフィミアを自分の本当の娘としたのだ。
父は死んだ不倫相手に負い目を感じてスフィミアを遠ざけてきたし、母とカルロッテは執拗に虐げてきた。些細な失敗をすると、彼女たちに過激な折檻をされる。
屋敷の池に落とされたのは、10歳にも満たないときだった。大人なら足が着くくらいの浅い池だが、子どもにとっては深かった。汚れた水に浮かぶ藻が肌にくっつく感覚や、生臭い臭いまで鮮明に覚えている。溺れて怖い思いをしたスフィミアは、それから泳ぎの練習をこっそりしたのだった。
スフィミアが押し黙っていると、カルロッテはアドニスの腕を強引に引いて言った。
「この子は預からせてもらうわ。あんたがしっかり見てなかったせいで誘拐されたってことで、せいぜい厳しく叱られるといいわ」
「嫌っ……離して……!」
「暴れないで。言うことを効かない子はこうよ!」
アドニスの頬をパシンと叩く彼女。アドニスは顔を真っ青にして目を見開いた。叩かれた頬が赤く腫れる。カルロッテは意地の悪い表情でスフィミアを見た。
「成熟しきってない見目のいい子どもは需要があるのよね」
「……!」
それを聞いたスフィミアは、ぎゅっと震える拳を握り締めた。
「待ってください、お姉様。私が代わりになんでもします。だから、その子には手を出さないで」
泣きそうな顔で懇願を口にすると、カルロッテはアドニスの腕を強く掴んだまま、こちらにずいと迫り、冷めた目で見下ろしてきた。
「じゃああんたが売られて金の工面をしてくれるの? 母親と同じように」
「――っ」
スフィミアはほんの数秒逡巡し、重い唇を開いた。
「分かりま、」
直後、アドニスがスフィミアの言葉を遮った。
「いい、スフィミア。もういいよ。……僕、このお姉さんと一緒に行くから。だからそんな、悲しい顔をしないで」
カルロッテは満足気にふんと笑い、アドニスを連れて行ってしまった。追いかけなければいけないのに。姉に対する恐怖心や過去のトラウマから、地面に縫い付けられてしまったように動かない。足が竦んでしまって。
(動いて……私の足……っ。早く、追いかけなくてはいけないのに……)
溺れている子どもを助けるために湖に飛び込むのはなんの躊躇もなかったのに。こんな肝心なときに身体が固まってしまった。
「ハネス様……」
どんどん小さくなっていく後ろ姿を見ながら、スフィミアは涙を流した。
125
お気に入りに追加
2,787
あなたにおすすめの小説
見た目を変えろと命令したのに婚約破棄ですか。それなら元に戻るだけです
天宮有
恋愛
私テリナは、婚約者のアシェルから見た目を変えろと命令されて魔法薬を飲まされる。
魔法学園に入学する前の出来事で、他の男が私と関わることを阻止したかったようだ。
薬の効力によって、私は魔法の実力はあるけど醜い令嬢と呼ばれるようになってしまう。
それでも構わないと考えていたのに、アシェルは醜いから婚約破棄すると言い出した。
さようならお姉様、辺境伯サマはいただきます
夜桜
恋愛
令嬢アリスとアイリスは双子の姉妹。
アリスは辺境伯エルヴィスと婚約を結んでいた。けれど、姉であるアイリスが仕組み、婚約を破棄させる。エルヴィスをモノにしたアイリスは、妹のアリスを氷の大地に捨てた。死んだと思われたアリスだったが……。
【完結】これからはあなたに何も望みません
春風由実
恋愛
理由も分からず母親から厭われてきたリーチェ。
でももうそれはリーチェにとって過去のことだった。
結婚して三年が過ぎ。
このまま母親のことを忘れ生きていくのだと思っていた矢先に、生家から手紙が届く。
リーチェは過去と向き合い、お別れをすることにした。
※完結まで作成済み。11/22完結。
※完結後におまけが数話あります。
※沢山のご感想ありがとうございます。完結しましたのでゆっくりですがお返事しますね。
誤解なんですが。~とある婚約破棄の場で~
舘野寧依
恋愛
「王太子デニス・ハイランダーは、罪人メリッサ・モスカートとの婚約を破棄し、新たにキャロルと婚約する!」
わたくしはメリッサ、ここマーベリン王国の未来の王妃と目されている者です。
ところが、この国の貴族どころか、各国のお偉方が招待された立太式にて、馬鹿四人と見たこともない少女がとんでもないことをやらかしてくれました。
驚きすぎて声も出ないか? はい、本当にびっくりしました。あなた達が馬鹿すぎて。
※話自体は三人称で進みます。
婚約破棄ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私ローゼリア・シャーロックは伯爵家令嬢です。幼少の頃に母を亡くし、後妻の連れ子、義理の妹に婚約者を寝取られました。婚約者破棄ですか?畏まりました。それならば、婚約時の条件は破棄させて頂きますね?え?義理の妹と結婚するから条件は続行ですか?バカですか?お花畑ですか?まあ、色々落ち着いたら領地で特産品を売り出しましょう!
ローゼリアは婚約破棄からの大逆転を狙います。
【完結】私から全てを奪った妹は、地獄を見るようです。
凛 伊緒
恋愛
「サリーエ。すまないが、君との婚約を破棄させてもらう!」
リデイトリア公爵家が開催した、パーティー。
その最中、私の婚約者ガイディアス・リデイトリア様が他の貴族の方々の前でそう宣言した。
当然、注目は私達に向く。
ガイディアス様の隣には、私の実の妹がいた--
「私はシファナと共にありたい。」
「分かりました……どうぞお幸せに。私は先に帰らせていただきますわ。…失礼致します。」
(私からどれだけ奪えば、気が済むのだろう……。)
妹に宝石類を、服を、婚約者を……全てを奪われたサリーエ。
しかし彼女は、妹を最後まで責めなかった。
そんな地獄のような日々を送ってきたサリーエは、とある人との出会いにより、運命が大きく変わっていく。
それとは逆に、妹は--
※全11話構成です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、ネタバレの嫌な方はコメント欄を見ないようにしていただければと思います……。
わがまま妹、自爆する
四季
恋愛
資産を有する家に長女として生まれたニナは、五つ年下の妹レーナが生まれてからというもの、ずっと明らかな差別を受けてきた。父親はレーナにばかり手をかけ可愛がり、ニナにはほとんど見向きもしない。それでも、いつかは元に戻るかもしれないと信じて、ニナは慎ましく生き続けてきた。
そんなある日のこと、レーナに婚約の話が舞い込んできたのだが……?
婚約破棄されたので実家へ帰って編み物をしていたのですが……まさかの事件が起こりまして!? ~人生は大きく変わりました~
四季
恋愛
私ニーナは、婚約破棄されたので実家へ帰って編み物をしていたのですが……ある日のこと、まさかの事件が起こりまして!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる