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しおりを挟む湖に落ちたあと、丸一日安静にして過ごした。医者に診てもらったが、問題なしという診断だった。
そして次の日。スフィミアは初めて食堂でハネスと朝食を摂ることに。
食堂に着くと、すでにハネスが席に着いていた。
カーキベージュの髪に、長いまつ毛が伸びた琥珀色の瞳。シャープな輪郭。儚げな雰囲気にアドニスの面影を感じるが、アドニスにはない妖艶さがハネスにはある。女性的な顔立ちの美しい男性だ。
「おはようございます。ハネス様」
「おはよう」
ぺこりとお辞儀をすれば、彼は優しく目を細めた。
(あ、やっぱり笑ったお顔はアドニス様そっくり……って、そうよね。ご本人なんだもの)
アドニスとハネスが同一の人物ということに、まだ違和感がある。自分でツッコミを入れつつ、ハネスの近くの椅子に腰を下ろした。朝食は、野菜がたっぷり入ったスープにサラダ、白パンだった。ご飯を食べながら幸せを噛み締める。
(美味しい……幸せ~~)
頬に手を当ててうっとりした顔を浮かべれば、それを見ていたハネスがくすと笑う。
「あなたは美味しそうに食べるな」
「私、食べるのが大好きなんです……! 食べるだけで幸せです」
「こちらまで幸せな気分になるよ。食欲はあるようだが、体調はどうだ?」
「だいじょうぶえす……んぐ」
「それは良かった。あと、飲み込んでから話そうか」
コップの水を口内に流し入れる。空のコップをテーブルに置き、ハネスの方を見る。
(ハネス様のご飯、全然減っていないわ)
スフィミアは細身な体型の割にかなりの大食らいだが、ハネスはあまり食べないタイプなのだろうか。
「ハネス様は少食ですか?」
「いや……食欲がないだけだ。緊張してしまって」
「緊張? このあと何か用事でも?」
何に緊張しているのだろうかと、こてんと首を傾げるスフィミア。するとハネスはいたずらに口の端を持ち上げる。
「好きな人が目の前にいるから」
「まぁ……」
「アドニスを通してあなたを見るうちに、惹かれていったんだ。……それから、呪いを克服するために課せられていた条件について話そうと思う」
スフィミアはぴんと姿勢を伸ばして、聞く準備をした。そして、ハネスから条件の詳細を伝えられた。彼がスフィミアに一目惚れしていたという王城での過去のことも。
「スフィミアは、俺のことが好きか?」
「そ、れは……」
そう問われて、言い淀んでしまう。大人の姿のハネスとは、ほとんど初対面。大好きではあるが、一目惚れしてくれた彼の気持ちとは違う。頷くことができずにいると、彼が言った。
「大丈夫。素直に言ってごらん」
「は、はい。ハネス様のことは好きです。でも……男性として好きかと言われると……まだよく分かりません。ごめんなさい」
「ああ。分かっている」
ハネスはこちらをじっと見つめてきた。
「これから、俺のことを夫として好きになってもらえるように頑張るさ。だから、懲りずにここにいてくれるか?」
「……は、はひ」
アドニスとは違う、大人の色気を含んだ眼差しに射抜かれ、どきんと心臓が跳ねる。頬を赤くして俯くスフィミアを見て、ハネスはどこか楽しそうにしている。
「あ、あの……見すぎでは」
「スフィミアがあんまり可愛らしくて。こうしてずっと眺めていたいくらいだ」
「!?」
さっきまで緊張して食欲がないと言っていたのが嘘みたいだ。いつの間にか形勢逆転し、手のひらで転がされているような気分になる。
(私の旦那様。よ、妖艶すぎでは?)
どんなときも食欲はなくならないのに、その日は初めて恥ずかしさで食べ物が喉を通らなかった。
それから、スフィミアがハネスの溺愛に絆されるまでそう時間はかからなかった。
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