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第4章 悪役令嬢と大国の皇子

57 シャーロットの過去 (2)

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 完璧な美とは、こういう人のことをいうのだろう。シャーロットは、初めてギルフォードと出会った時にそう思った。――まるで、絵本の中に出てくる「王子様」のようだと。

 非の打ち所がない端正な顔立ち。それでいて掴みどころのない、涼やかな表情。ライトブルーの瞳に、1本1本が絹糸に艷めく銀色の髪。何もかもがシャーロットにとって魅力的に映った。

 絵本の中でお姫様は、必ず王子様がピンチのときに助けてくれる。王立学院文化式典にて、巨大な獣から身を呈して守ってくれたギルフォードはまさに、シャーロットの理想の権化であった。

(きっとこのお方です。私の運命の相手は――この人以外考えられません……!)

「まだ、名前を伺っておりません。……もしよろしければ、教えていただけますか?」
「はい、王女殿下。私はギルフォードと申します。平民の出ですので、姓はありません」

 ギルフォード。その名前にどきりと心臓が跳ねた。

 ギルフォードといえば、かの帝国が血眼になって探している行方知れずの皇子の名だ。彼の見た目はまさに、皇族の特徴をそのまま捉えている。また、テーレでの儀式の際に見かけた現皇帝に面影がある。

「そう。……ギルフォードさん、ね。今日は本当にありがとうございます」
(……ま、まさか……)

 シャーロットは恐る恐る右手を差し出した。『人探しの術』発動は、対象者の肌に直接触れることが条件だ。

 ギルフォードは、快く彼女の手を握り返した。その時――彼の手の甲に、人探しの術による魔法陣が発現したのだった。

(この人は、正真正銘の王子様なのですね……。この人こそ、私に相応しいお方……)

 シャーロットは感激し、口元を手で覆った。

 世間一般的に、この魔法陣は、「運命の紋章」という伝説として知られている。シャーロットは狡猾にもそれを利用して、ギルフォードを自分の運命の相手だと錯覚させることを狙った。

 クレイン国王と、テーレ皇帝には、皇子を発見した見返りに、魔法陣を消しに行くことを後回しにし、ギルフォードに対しては紋章の真相を隠すよう要求した。ついでに、学院内で唯一紋章の真相を知る、ジェラルド・ヒューズにも自ら口止めをした。彼は今回の件では人探しの術に協力はしていないらしかった。

 これで後は、ギルフォードに接近すれば、運命の相手だと思い込んだ彼が簡単に自分を好きになるものだと高を括っていた。

 しかし――シャーロットの思惑はあえなく打ち砕かれた。ギルフォードには既に想い人がいたのだ。

 ――ジェナー・エイデン。

 彼女を初めて見たとき、敗北を確信した。人形のように美しい容貌に、凛とした佇まい。そしてどこか、まとっている空気がギルフォードに似ていた。

 彼女は、生まれてから貴族として育ち、気品があり、所作1つ1つが洗練されていた。シャーロットの作り物とは違う、貴族としての本物の気高さを備えていた。それはまるで――。

(……子どものころに見た、絵本の「お姫様」のようです)

 初めて、誰かを羨ましいと思った。

『わあ、嬉しいですっ!  ありがとう、ジェナーさん』
『私、ちょっと人より要領が悪くて……。いつもジェナーさんのことは頼りにしているんですよ?』
『あら、シャーロットと呼んで欲しいといつもお願いしていますでしょう?  ほら、王女ではなくて?』
『私、ジェナーさんと仲良くなれて嬉しいです……!』

 全部全部、――嘘だ。本心から出た言葉は1つとない。彼女がギルフォードから身を引くように強気に牽制してみたり、かと思えば彼女の善意につけ込んで、ギルフォードに近づこうと画策したり。

 ただギルフォードが好きで、王女としての恥を捨てて、ありとあらゆる手を尽くした。ジェナーが周囲から悪く思われるよう悪口を吹聴もした。
 しかし、それでも駄目だった。ジェナーはいつでも穏やかで悠然と微笑み、どんな揺さぶりにも動じない。1本筋が通っていた。

 シャーロットは、日陰で屈辱を味わい尽くして生きてきた。それなのに、何の苦労もしていなさそうで、生まれてからあらゆるものに恵まれ生きてきたであろうジェナーが、路地裏の哀れな孤児が密かに抱いていた「夢」を奪うことが許されてたまるものか。

 シャーロットにも、王族としての矜恃はあった。自分が辛かったからこそ、民への慈愛を抱きながら良い王女として振舞ってきた。しかし、ギルフォードへの恋心が、シャーロットの心をむしばんでいた。

「嫌です……ギルフォード殿下は、私の王子様は、誰にも渡したくありません……!  ジェナーさんには絶対に……!」

 そして――シャーロットの誕生会で、自らが階段から転落して、無実の罪をジェナーに着せることを決心したのである。
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