【完結】ただの悪役令嬢ですが、大国の皇子を拾いました。〜お嬢様は、実は皇子な使用人に執着される〜

曽根原ツタ

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第3章 悪役令嬢と運命の紋章

44 波乱の夜会 (4)

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 夜会が始まり、帝国テーレの皇帝より紹介を受けたギルフォード。参加人たちはざわめき立った。

 ギルフォードは、オフホワイトの礼服にロングマントをまとっている。袖口と襟元には金色の刺繍が施されており、横掛けのたすきに皇家を示す徽章が付けられている。

 人々の視線がギルフォードに集まっている。
 ライトブルーの瞳と後ろに撫でつけた銀色の髪。そして、顔立ちは皇帝にとてもよく似ている。彼が若い頃であればもっと似ていただろう。

(……ギル、とても素敵だわ)

 ジェナーも内心で賛美を送った。ギルフォードの佇まいも所作も、皇族然としたものだ。

 ……いつの間に礼儀作法を覚えていたのだろう。指先まで洗練された所作は、一朝一夕で身につくものではない。

 音楽が流れ始め、女性たちはそわそわし始めた。女性たちは皆、ギルフォードの方を見ながら彼の一挙手一投足に注目している。ギルフォードが誰をダンスに誘うか気にしているのだ。我こそが大国の皇子の目に留まろうと彼に対して熱い眼差しを送った。

 異国の王女など、国賓クラスの令嬢たちが集まる中、ギルフォードが真っ先に向かったのはもちろん――ジェナーのところだった。

 ギルフォードは優美に一礼し、ジェナーに手を差し伸べて微笑んだ。

「エイデン嬢。よろしければ私と踊っていただけませんか?」

 ジェナーは彼の誘いにどぎまぎしながら頷いた。

「光栄でございます、ギルフォード皇子殿下。……私でよろしければ、ぜひ」

 ジェナーも微笑んで、彼の形の良い手のひらに自分の手をそっと重ねた。

 ギルフォードに手を引かれるがままに、広いホールの中央、シャンデリアの輝きの光を最も浴びながら踊る。ホームの人々は、あの令嬢は何者かと囁き合いながら、息がぴったりに踊る美しいギルフォードとジェナーに感嘆した。

「……ギルは踊るのがとても上手ね」
「俺が一体どれだけお嬢様のダンスの練習に付き合わされてきたと思っているんです?  あなたと踊る度、俺の足先が何度悲鳴を上げたことか」
「そ、そんなに踏んでなかったわよ」

 ギルフォードがエイデン家にいたころのことだ。パーティなどの公の場に出るときには、彼に散々ダンスの相手役として練習に付き合ってもらっていたことを思い出す。

「今日はくれぐれも足を踏んだりしないでくださいね?  大勢の方が見ておられますから」
「任せなさい。あのころの私とは違うもの」
「はは、本当ですか?」
「ええ、そうよ。せっかくの檜舞台で恥を晒すような真似はしないわ」

 ジェナーが得意げにふん、と鼻を鳴らすと、ギルフォードは面白そうに笑みを零した。2人の仲睦まじげな様子に、周囲のざわめきはいっそう強くなるのであった。

 ギルフォードに呼吸を合わせてステップを踏み、回転を何度か入れる。ステップは軽快に。ターンは柔らかく優美に。
 ジェナーの動きに合わせて、藍色のドレスの裾がふわりとひるがえる。

(……ギル、本当にリードするのが上手いわ。凄く踊りやすい。……私に合わせてくれているのね)

 ジェナーは余裕ができたので、ギルフォードの肩越しに他の招待者たちをちらりと見た。ちょうど視線の先、見覚えのある桃色の長い髪が見えた。彼女がシャーロットだと理解する。彼女の愛らしくて天使のような顔は――嫉妬と怒りに歪んでいた。

 本来ならば、この場でギルフォードと踊るべきは彼女だった。
 ジェナーは、シャーロットの姿をオリヴィアに重ねた。ギルフォードのせいでジーファの立場を奪われたと嘆いていたオリヴィア。シャーロットが本来結ばれるはずだった相手を、図らずも結果として奪ってしまった自分には、オリヴィアを哀れむ資格なんてないのかもしれないと思った。

「……ギル。皇后陛下に注意した方がいいわ」
「……え?  どうしてですか?」
「皇后陛下は、少なからずあなたを憎んでいる。あなたは何も悪くないけれど、陛下は正常に物事を考えられないほどに心に余裕がないのよ。……もしかしたら、ギルを傷つけようとすることがあるかもしれないから」

 自分は、両陛下に紹介を受ける資格はない。身分も中流貴族家の娘、何か優れた評価があるわけでもない。ずっと自分が傍らを独占できないので、ギルフォード自身が注意を払い、対処しなければならない。

 ギルフォードは少し考えてから頷いた。

「お知らせするのが直前になってしまいましたが、本日、お嬢様を皇帝陛下と皇后陛下に紹介させていただく許可をいただいております。俺と一緒に来ていただけますか?」
「――ええ!?」

 ジェナーは目を見張った。

「一体どうやって認めていただいたの?」

 両陛下にギルフォードから直々に紹介してもらうということは、その瞬間から婚約者候補として正式に名前が挙げられるということ。しかし、本来であればある程度妃にふさわしいと両陛下が判断を下してから、初めて彼らへの謁見が実現する。

 謁見の間で行われる正式な挨拶ではないとはいえ、ジェナーの立場で紹介の許可が降りるとは、ギルフォードは何をしたのだろうか。

「とりあえず、お嬢様は俺に話を合わせてくだされば結構です」
「……?  どういうことなの?  話についていけないのだけれど」
「大丈夫です。俺が何とかしますから」
「……わ、分かったわ」

 ギルフォードから詳細を聞けずじまいだったが、ジェナーは承諾した。

 優雅なオーケストラの演奏が終わり、ジェナーとギルフォードがダンスを終えると、ホームの中は拍手と賞賛の声に包まれた。

 ジェナーはギルフォードから離れ、ロンググローブをさっと引き上げた。何とか包帯が見える位置までずり落ちずに済んだものの、こまめに確認することは欠かせない。

「お嬢様、手袋を先程からかなり気にしておられるようですが……」
「う、ううん!  何でもないの。ちょっとずれ落ちやすくてね」
「…………」

 物言いたげにこちらを見つめるギルフォードに何とかごまかして、再び彼の腕に手をかけ、皇帝とオリヴィアの元に歩く。

 皇帝は近くで見ると貫禄があり、佇まいは峻厳としている。そしてその横でオリヴィアは、ジェナーの姿を見て少しだけ眉を上げた。

(……皇后陛下。どうかお心を確かに)

 ジェナーはこの後に彼女が起こす不祥事を知っている。緊張で背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、両陛下に深々とお辞儀をした。
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