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第3章 悪役令嬢と運命の紋章

41 波乱の夜会 (1)

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「まさか、ギルフォードさ――殿下が本物の王子様であらせられたとは夢にも思いませんでしたねぇ。……何か失礼なことをしでかしていなかったか、気になって仕方がありませんわ」

 王城でのパーティを控え、アンナには事情を話した。彼の本当の身分を知った時の彼女の反応といったらない。顎が外れる勢いでぽかんと大口を開き、しばし放心状態だったかと思えば、畏怖と恐縮で震えていた。それからというもの、大国の皇子に、知らなかったとはいえ己の慣れた態度は不敬だったと酷く反省している様子。

「大丈夫よアンナ。ギルはそんなことを咎めると思う?  それに、屋敷を出ていく時、アンナに感謝していると言っていたじゃない」
「それはそうですけどねぇ……」

 ジェナーがいくら宥めても、彼女はどこか釈然としないらしく、「あの時のあれは……」などとぶつぶつ呟きながら過去の振る舞いを省みていた。

 ジェナーはドレッサーに置かれた宝飾品のケースを開いた。きらきらと輝くアクセサリーが収まる中で、今日のドレスに合いそうなデザインのものを選んで取り出す。

「アンナ、このネックレスをつけてもらえる?」
「かしこまりました、お嬢様」

 アンナはジェナーが座る椅子の後ろに回り、ネックレスの金具を留めた。胸元までのデコルテが晒された襟なしドレスに、小粒の宝石が連なるネックレスが華やかさを引き立てる。

 アンナは、ジェナーの大人びた今日の装いに感嘆の息を漏らした。

「お美しいです。……どこかの国のお姫様のようでございますよ」

 その後、アンナは悪戯を企む子どものように微笑んで加えた。

「ように、ではなく本当に皇家の高貴な方になられる日が来るのかもしれませんね。……ギルフォードさ――殿下のお隣を妃として歩かれる日が」
「……私なんかに、妃が務められるのかしら」
「もっとご自身に自信を持ってください。お嬢様は他人よりとても聡明な上まだお若いですし、これから必要なことを学べば大丈夫ですよ。……贔屓目ではなく、私はお嬢様以上に気品に充ちてお優しい方を他に知りません。幼い頃からあなた様を見てきたアンナが言うのですから、間違いございませんわ」
「アンナ……」

 アンナはジェナーより15歳上だ。ジェナーが3歳の時から彼女はずっと、エイデン伯爵家の雇用者としてジェナーの傍に仕えてくれていた。主人とメイドの関係以上に、年の離れた姉のように慕っている人だ。
 ジェナーは彼女の愛情のある言葉に、鼻の奥がツンと痛くなった。

 妃として、ギルフォードと共に帝国テーレで生きる未来。そのようなことが実現したとして、今のジェナーには想像もつかない未来だ。

 ジェナーが保持しているゲームの記憶は、この夜会以降は不鮮明だった。ギルフォードとシャーロットが結ばれ、国へ戻った後にどのようなストーリーがあったかは分からない。

「本日は、テーレ国の皇帝陛下に皇后陛下もいらっしゃるそうですので、ご挨拶が叶うとよいですね」
「……そうね」
「ギルフォード殿下のお父上はどのようなお方なのでしょう?  やはりギルフォードさ……殿下に似ておられるのかしら」
「ふふ。呼び方、まだ慣れないわよね。……そうね、テーレの皇族の方は皆、絹のような銀色の髪に青い瞳をされていると聞いたことがあるわ。もしかしたら似ているかもしれないわね」

 似ている、というよりギルフォードは若い頃の皇帝に瓜二つの風貌をしている。

 しかし、皇帝はともかく、皇后はあまり良い噂を聞かない。皇后オリヴィア。彼女の後ろ盾は、生家のオールディス公爵家であり、皇家の分家であるオールディス公爵家は歴史も古く、皇家に次いで権力を握っている。オリヴィアは、高慢で横暴。権力を鼻にかけて好き放題に振る舞っていると噂されている。

 そんな彼女が、易々とギルフォードのことを皇子として認めるとは思えず、まして彼が異国の中流貴族家の娘を妻に迎えることに首を縦に振るとも思えない。

 そもそも、ギルフォードと実母が国を追われた背景には、皇太子の母親であるオリヴィアとそれを後押しする勢力の水面下での働きかけがあった。

(ヒロインはこの夜会で両陛下と挨拶されていたのかな……?)

 ゲームの本来のシナリオではシャーロットがギルフォードのパートナーとして夜会に参加していたはずだ。

 シャーロットがどうやって一癖あるオリヴィアとの対面を成功させたかは気になるところだが、ゲームの記憶がない以上、この夜会での行動の手がかりになってくれるものは何もない。
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