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第2章 悪役令嬢と本物のヒロイン
35 シャーロットの狙いと本心 (1)
しおりを挟む講義終わりの講堂。
授業が終わり、ジェナーは肩の力を抜いてゆっくりと息を吐いた。
「失礼します……!」
ちょうどその時、講義室の大きな扉を押して、隙間からひょっこり顔を覗かせたのはシャーロットだった。室内を見渡し、ジェナーの姿を視界に捉えると、華麗な足取りでこちらに歩んできた。
「午前の講義、お疲れ様です。一緒にお昼休憩しましょう?」
彼女の笑顔は、まるで花が咲いたように愛らしく、生徒たちの注目が集まっている。シャーロットは、休憩の時刻になると、毎度のように足繁くジェナーの元へ通った。学校内でも、シャーロットと最も親しい令嬢はジェナー・エイデンともっぱらの噂だ。
「シャーロット様もお疲れ様です。では、食堂に参りましょうか」
「今日は食堂ではなく、外のテラスにしませんか? お天気がとても良いので、お弁当を持ってきたのです……! もちろん、ジェナーさんの分も!」
「……私の分まで、わざわざありがとうございます。それはとても楽しみです」
シャーロットは上品に微笑んだ。無邪気さもありながら品格を漂わせる彼女は、一見すると完璧な少女に見える。多くの令嬢がシャーロットとお近付きになりたいと願ってやまず、ジェナーはシャーロットと懇意にすることで他の生徒たちから羨望を受けるようになっていた。ジェナー本人は大変不本意であるが、その真意を知る者はいないだろう。
ジェナーたちが席を離れようとした時、シャーロットたちに向けられていた生徒たちの意識が、一挙に扉の方へ移る。
シャーロットもそれに気がついて扉の方へ目をやると、色素の薄い瞳をきらきらと輝かせた。
講義室の前方の扉から入ってきたのはギルフォードだった。彼もまた、シャーロットとは違う憧憬を――特に女子生徒たちから抱かれているらしく、室内が色めき立つ。
ギルフォードは真っ先にジェナーたちの元へやってきた。
「こんにちは、王女殿下に……お嬢様。まさかお2人が一緒にいらっしゃるとは思いませんでした」
「ギルフォードさん……! ふふ、私、ジェナーさんとはとっても仲良しなのですよ。今日もこれから外でお昼を食べる約束をしていて……ね、ジェナーさん?」
「え……ええ、親しくさせていただいてるわ」
ジェナーは社交的に微笑んで、ギルフォードに言った。彼は何か物言いたげにジェナーを見ていたが、特に何も言わなかった。
「あの、ギルフォードさん。私になにか御用でしょうか?」
「はい、勉強会のお誘いの返事に伺ったんですが……」
「…………!」
「申し訳ないですが、生徒会の仕事に自分の勉強もあり、時間を作れそうにありません。……お力に添えずすみません。お嬢様伝てではなく、私の口から直接お断りするのが誠意と思い参りました」
申し訳ない、と口先ではいいつつも、彼の表情は愛想があるとは言いがたく、どこか冷たさを感じる。基本的にギルフォードは、誰に対しても気さくな青年だ。きっと、変に優しさを見せて、シャーロットに気を持たせないように配慮しているのだろう。
「……そうですか。とても残念です……」
シャーロットは心底残念そうに言った。ギルフォードはそれ以上会話を続けず、再度「申し訳ございません」という謝罪の言葉を言い残して去っていった。
シャーロットも、彼がそっけない態度をあえて取ったことを察したらしく、しゅん、と肩を落として呟いた。
「…………ひどいじゃありませんか」
傷ついた様子のシャーロットに、ジェナーもいたたまれない気分になった。しかし、ジェナーは下手に励ませるような立場ではないので、途方に暮れてしまった。
(この空気、どうしたらいいの…………!?)
◇◇◇
ギルフォードに誘いを断られ、すっかり傷心状態のシャーロットと共に、校舎の外のテラスへやってきた。テラスからは手入れの行き届いた庭園がよく見える。色調豊かな花々と、みずみずしい若葉が視界に広がり、心地の良い空間が演出されている。
シャーロットは酷く落ち込みながらも、それを表に出さない。雰囲気を悪くしないように気遣い、笑顔を繕っていた。
「さあ、早く食べましょうか。……私、お腹ぺこぺこです」
シャーロットがテーブルに弁当の包みを広げるのを眺めながら、ジェナーは考えていた。
またひとつ、ゲーム『運命の紋章』の本来のシナリオを――歪めてしまった、と。シャーロットがジェナーと親しくなることで、ゲーム本来のシナリオではこの勉強会が開催される。
文化発表式典でのギルフォードのシャーロットへの一目惚れも、入学式典後の夜会も、勉強会も、ことごとく記憶を取り戻したジェナーの介入で潰してしまった。おおむねギルフォードルートの筋立て通りに行動している正ヒロインシャーロットには、あまりに不都合に展開してきている。
ゲームで幸せそうなシャーロットの様子を見てきた立場としては、心が傷んでしまう。本来であれば、ジェナーではなくシャーロットが得られた幸福を横取りしているような、そんな気分。
記憶を取り戻したことによって、自分を客観的に見ることができたからこそ、理性的な振る舞いを取れるようになった。もし、悪役令嬢のジェナーのままであったなら、嫉妬や妬みのままに意地悪をして、ギルフォードに愛想を尽かされることもあったのかもしれないのだ。
(そう……本来のゲームでは、今のシャーロット様と私の立場は――逆だった。……シャーロット様……)
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