【完結】ただの悪役令嬢ですが、大国の皇子を拾いました。〜お嬢様は、実は皇子な使用人に執着される〜

曽根原ツタ

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第2章 悪役令嬢と本物のヒロイン

23 忠告 (1)

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 夜会の会場は大勢の人で賑わいを見せていた。ジェナーは若者たちの活気に圧倒されつつホールに足を踏み入れた。
 社交界デビューは果たしているものの、こういう規模の大きなパーティにはまだまだ不慣れだ。

(……ギルはどこにいるのかしら)

 ホールの中をゆっくりと歩きながら辺りを見回していると、最初に声をかけてきたのは品のある女性の声だった。

「ジェナーさん、ごきげんよう」
「……!  ごきげんよう。ヒルデ様」

 彼女は、シャーロットのお茶会で同席していた公爵令嬢だ。赤褐色の髪とつり目がちな瞳が特徴的で、婉麗な雰囲気の令嬢。シャーロットと親しくしているらしい彼女が、一体何の用だろうか。

「今日もとても美しいですわね。女性のわたくしさえ思わず目を奪われてしまいましたわ」
「とんでもございません。……お褒めいただきありがとうございます」
「特にその青いドレス。――まるでかの国の方の瞳を思わせる鮮やかな色ですわね」
「…………!」

 今日の夜会のために仕立てたドレスは、青を基調としていた。アクセントに深い青の布地にライトブルーのレースを重ねて華やかさを演出している。細かな装飾はあえて加えず、シンプルなデザインだからこそジェナーの元来の魅力を引き立てている。……白状すると、ギルフォードの瞳をイメージして仕立てさせたのだが、さっそくヒルデに見抜かれてしまった。ギルフォード本人には、彼を意図したということは――絶対に内緒だ。

 ヒルデもどうやら、ギルフォードの素性は知っているらしい。もはや行方知れずだった大国の皇子の正体は、上流貴族の間では既に公然の秘密になっているのかもしれない。

「それでね。ジェナーさんにひとつ忠告しておきたいのだけれど」

 ――忠告、という言葉に、どきりとした。
 ジェナーが身構えていると、ヒルデは表情ひとつ変えず淡々と告げた。

「シャーロット様のことですわ。彼女、ギルフォード様のことをいたくお慕いしている様子。シャーロット様はね、非の打ち所のない素晴らしい方ですのよ。わたくしも含め、歳若い令嬢たちは皆、彼女の恋を応援しておりますわ。……ですから」

 ヒルデは口元を覆っていた扇を閉じて、ジェナーの方に扇の先を差し向けた。彼女の視線は鋭さを帯びており、ジェナーは固唾を飲む。

「中途半端な気持ちでギルフォード様に岡惚れされているようでしたら、ご自身のために身を引いた方がよろしくてよ。世論は皆、王女殿下の味方。あなたはそれらを全て引き受ける覚悟がおありかしら?」
「…………」

 ジェナーは、ヒルデの言葉に沈黙した。ヒルデはシャーロットの恋敵を責めるために忠告したのではなく、これはジェナーを配慮しての言葉だと分かるからだ。

 社交界での評判もよく、シャーロットには心強い味方が大勢いる。彼女の貴族社会における立場は確かなものだ。そんな彼女の意中の相手を、ぽっと出の中流貴族家の娘が奪おうものなら、反感を買うのは間違いない。シャーロットは既にギルフォードへの好意を公言しているのだから、他からしてみたら略奪みたいなものだ。きっと、あることないこと囁かれて責められるのだろう。

「……ご忠告いただき、ありがとうございます」

 社交的な礼を述べ、あえて自らの意思は示さない。ギルフォードから身を引くという偽りを述べることも、階級が格上の彼女に反発することもするつもりもなかった。

(彼に告白したときから、全て引き受ける覚悟はできているわ。もしできるだけのことを尽くして、それでも皆さんに疎まれるというならば仕方ないと思ってる。ギルが私を望んでくれるのなら、私は彼の傍にいたい。……私、恥じるべきことは何一つしていないもの)

 ヒルデはジェナーの反応に意外そうな表情を浮かべた。

「意外と素直なのですわね。もっとぎゃんぎゃん野良犬のように吠えつくかと思いましたのに。かの高貴なる御方に、たった1度かけた情けに執着して、彼の敬愛を享受する浅ましい方なのだとばかり」

 つまり、かつて孤児だったギルフォードを屋敷に連れ帰ったことに対して、ジェナーがいつまでも執着していると言いたいのだろう。実際、ジェナーはギルフォードに恩着せがましくはしておらず、むしろ、彼の方が自発的に恩義を強く感じているのだが。

「私は……ご令嬢方にそのように噂されているのですね」

 王女シャーロットこそが正義。そういう風潮が社交界にはある。だから、彼女の恋路を阻む障害を排除しようとする動きが起こるのは至極当然な流れだ。ジェナーが非難されているのもごく自然なこと。しかし、以前のお茶会での様子を見るに、シャーロットは非常に巧妙な人だ。シャーロットが令嬢たちを刺激してジェナーへの反感を煽っている気がしてならない。

「社交界とはそういう場所ですわ。権力と地位こそ正義。社会の趨勢すうせいと立場を見損じてはならない。……シャーロット様は、ただ今のクレイン王国の時流の中心のような方ですの。敵に回さないのが懸命ですわ」
「…………」

 ジェナーはそっと目を伏せた。
彼女が言っているのは全て真実のみ。言い返す言葉などなかった。
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