【完結】ただの悪役令嬢ですが、大国の皇子を拾いました。〜お嬢様は、実は皇子な使用人に執着される〜

曽根原ツタ

文字の大きさ
上 下
13 / 62
第1章 悪役令嬢とやんごとなき使用人

13 紋章の効力 (1)

しおりを挟む
 
 ジェナーは緊張から解放されてぐったりしていた。かつてこんなに精神を摩耗まもうしたことは経験にない。
 恥ずかしくてたまらず、もういっそ彼の顔を見なくて済むように帰って欲しいと思うくらいだ。しかし、想いが通じたから大団円、めでたしめでたしというわけではない。むしろ、問題はここからだ。

 ギルフォードはすっかり調子が戻って、ジェナーの代わりに悠長にお茶を用意し始めている。ソファに座ってその姿を見ながら紋章のことを考えた。

(紋章のこと、流石に私に言い出しずらいわよね。……でも、その事実を確かめないと)

 ちらりと彼の手元を見る。もし、ギルフォードルートでのシナリオ通り、右手の甲にシャーロットと同じ紋章が刻まれているのなら、ジェナーと共有しておくべき重要事項だ。包帯を巻いているのを見るに――十中八九、発現したのだろう。

 ジェナーはいかにしてギルフォードの包帯を引き剥がそうかと画策しつつ、紅茶が入ったカップに次々と角砂糖を落としていく。

 ギルフォードは、ジェナーがたっぷりと砂糖を入れたのを見て、にこにこと笑みを浮かべながら自分のカップとジェナーのカップを入れ替えた。

「糖分のりすぎはお身体に良くないです。歯を痛めますよ」
「……こういうところは本当に目ざといわよね」

 ジェナーは渋々、ギルフォードに交換させられたカップに角砂糖を一欠片入れて口に運んだ。

「ところで。右手の包帯はどうしたの?  怪我?」

 いきなり切り込んでみたが、ギルフォードは持ち前の鉄壁の表情で取り繕い、冷静な口調で返した。

「大したことではありません。少し、傷を作ってしまったんです」
「ふうん。包帯、取れかかっているわ。ほら、こっちに来て?  巻き直してあげる」

 結び目が甘かったのか、包帯は巻が緩くなっていた。良いきっかけができたと思いそう言うと、ギルフォードは手元に視線を落とす。流石のギルフォードも、少し表情に焦りを見せる。

「……お、お構いなく。後で、自分で直しますから」

 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。ジェナーはすっとソファから立ち上がり、ギルフォードの横に座る。少々強引かもしれないが、紋章を確認するにはいやも応もない。

「遠慮しないで?  ほら、手を――」
「やめてください、お嬢様」

 ギルフォードは頑なに拒み、右手の甲を左手で押さえた。そして、しばらくじっと黙って考え込む。

「――いえ。やはり、ずっと隠していくことなどできないということでしょう。お嬢様、俺はきっと、今からあなたを失望させてしまいます」
「…………」

 ギルフォードは自ら包帯の端をつまんで、解いていった。彼の綺麗な手があらわになる。彼の手の甲には、以前にはなかった模様が刻まれていた。精密な二重の円の中に、星型の線が交差する中心に五角形が浮かぶ星型五角形――五芒星ペンタグラムが描かれている。五芒星の隙間にも緻密な模様が複雑に描かれており、暗みのある紫の光を放っている。神秘的というより、むしろ呪いの類いではないかと思うような、薄気味悪い光だ。

「…………」
(やっぱり、紋章は発現したのね。……この世界は、ギルフォード攻略ルートで間違いないんだわ。ギルとシャーロット様こそが、結ばれるべき運命の相手……)

 ギルフォードの手の甲には予想していた通り、運命の紋章が刻まれていた。

「運命の紋章……。実物を見たのは初めてだわ」
「今日の式典の最中に、これが発現しました。……お相手は、シャーロット・テナント第1王女殿下でした」
「…………」

 ジェナーは眉を寄せた。

「重ねて言わせていただきますが、俺はお嬢様以外の女性に心が動くことはありません。紋章には心を強制する力があると聞き及んでいましたが、俺にそのような変化はありませんでした。もし仮に、運命というものが存在するなら、それはお嬢様だと信じています」

 こんなに真正面から「運命はあなたです」などと口にされては気恥しいものだ。
 しかし、紋章が発現したというのに、シャーロットに一切なびかなかったというのも不思議だ。ギルフォードが言うように、運命の紋章が精神に与える力は絶対とされているのだから。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

悪役令嬢はSランク冒険者の弟子になりヒロインから逃げ切りたい

恋愛
王太子の婚約者として、常に控えめに振る舞ってきたロッテルマリア。 尽くしていたにも関わらず、悪役令嬢として婚約者破棄、国外追放の憂き目に合う。 でも、実は転生者であるロッテルマリアはチートな魔法を武器に、ギルドに登録して旅に出掛けた。 新米冒険者として日々奮闘中。 のんびり冒険をしていたいのに、ヒロインは私を逃がしてくれない。 自身の目的のためにロッテルマリアを狙ってくる。 王太子はあげるから、私をほっといて~ (旧)悪役令嬢は年下Sランク冒険者の弟子になるを手直ししました。 26話で完結 後日談も書いてます。

88回の前世で婚約破棄され続けて男性不信になった令嬢〜今世は絶対に婚約しないと誓ったが、なぜか周囲から溺愛されてしまう

冬月光輝
恋愛
 ハウルメルク公爵家の令嬢、クリスティーナには88回分の人生の記憶がある。  前世の88回は全てが男に婚約破棄され、近しい人間に婚約者を掠め取られ、悲惨な最期を遂げていた。  彼女は88回の人生は全て自分磨きに費やしていた。美容から、勉学に運動、果てには剣術や魔術までを最高レベルにまで極めたりした。  それは全て無駄に終わり、クリスは悟った。  “男は必ず裏切る”それなら、いっそ絶対に婚約しないほうが幸せだと。  89回目の人生を婚約しないように努力した彼女は、前世の88回分の経験値が覚醒し、無駄にハイスペックになっていたおかげで、今更モテ期が到来して、周囲から溺愛されるのであった。しかし、男に懲りたクリスはただひたすら迷惑な顔をしていた。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

処理中です...