【完結】ただの悪役令嬢ですが、大国の皇子を拾いました。〜お嬢様は、実は皇子な使用人に執着される〜

曽根原ツタ

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第1章 悪役令嬢とやんごとなき使用人

10 正ヒロインの登場 (3)

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 獣に襲われるかもしれないという危機的状況下で、決して臆することなく、自らの体を張って他人を守ろうとしたシャーロット。普通ではできないことだ。

 そして今も、自らの腕の中で震える女性を自若たる様子で優しく励ましており、ジェラルドが言っていた通り、王族の資質として必要な慈愛の心を備えているようだ。また、彼女の腕の中で震えている女性は、シャーロットに対する口ぶりからして彼女の侍女だろう。

「本当に、本当に申し訳ございません。……私のせいで、あろうことか王女殿下を危険な目に……っ」
「そう何度も謝らないでください。いいですか?  ジェシー。あなたは何も悪くありません。ご覧の通り、私は平気です。さあ。いつまでもお泣きにならないで?」
「王女殿下……! なんとお優しい方なのでしょう……」

 ジェシーは万感の思いで泣きすがっている。
 しかし、悠揚とした表情でジェシーを宥めるシャーロットだったが、小刻みに肩が震えている。ギルフォードは彼女が落ち着いた振る舞いをしながらも、恐怖していたのだと気づく。怯えながらも、ジェシーを健気に励ます姿は、どこかジェナーを彷彿ほうふつさせる。ジェナーも、アンナや大切な人が危険に晒されたら、怖がりながらも同じように守ろうとするだろう。

 ギルフォードは肩を震わすシャーロットに、もの柔らかに笑みを浮かべてそっと囁きかけた。

「もう大丈夫です。本当に立派でございました。よく――頑張りましたね」
「…………!」

 シャーロットは目を見開いた。つい、ジェナーにいつもしていたように声をかけてみたものの、「頑張りましたね」なんて、まるで子どもをあやすような言い方だったかもしれない。ジェナーならきっと、喜んで屈託なく笑ってくれるだろうが、この励まし方はシャーロットには不適だったのではないかと思う。

「…………っ」

 シャーロットは驚いたかと思うと、今度は顔を歪めながら大粒の涙を流し始めた。琥珀色の瞳から、白い肌にほろほろと涙が零れ落ちていく。

 ギルフォードはぎょっとした。まさか、自分が励まそうとかけた言葉で、何か彼女の気に触るようなことがあっただろうか。一瞬慌てて、しかしすぐに、彼女の涙の訳がショックを受けたからではないことを理解した。

「――突然泣き出したりして、ごめん、なさい…………っ。あなたの言葉が優しくて、何だか安心してしまって……。ありがとうございます。どうやら私、とても気を張っていたようです……」

 王女とはいえ、やはり少女らしい一面もあるらしい。次から次へととめどなく溢れていく涙を、手で乱雑に拭うシャーロット。ギルフォードは、懐からハンカチを取り出して差し出した。

「これをお使いください」

 このハンカチは、エイデン家を出る朝に、ジェナーから餞別として贈られた、彼女の刺繍入りのハンカチだ。ハンカチに入っていた刺繍を見て、シャーロットの後ろのジェシーが、ひっ、と小さく声を上げ、すぐに手で口を塞いだ。ジェナーには気の毒だが、彼女の描いた猫は――少々、猟奇的な見た目をしている。

 シャーロットはおずおずと、緑色のそのハンカチを受け取り、涙を拭いながら続けた。

「本当に、何から何までごめんなさい……」
「いえ。お気になさらず」

 しばらくして泣き止んだシャーロットは、ギルフォードとジェラルドの前に立って改めて礼を言った。上質な布が使われているであろうピンクのドレスをつまみ、片足を引いて優雅にお辞儀をする。

「改めて、お礼を申し上げます。……私は、クレイン王国が第一王女――シャーロット・テナントでございます」

 シャーロットはギルフォードの方をちらりと見て続けた。

「まだ、お名前を伺っておりません。……もしよろしければ、教えていただけますか?」
「はい、王女殿下。私はギルフォードと申します。平民の出ですので、姓はありません」
「そう。……ギルフォードさん――ね。今日は本当にありがとうございます」

 シャーロットは遠慮がちに右手を差し出した。ギルフォードは、彼女が握手を求めてきているのだと理解し、快く彼女の手を握り返した。すると――。

「…………!」

 黒々しく輝く強烈な紫色の光が、辺りに離散する。ギルフォードとシャーロットを中心とした光は、目を開けていられないほどに眩しい。あまりの突然の出来事に、ギルフォードも、シャーロットも、ジェラルドもただ呆然と光を眺めた。

 数秒して光は収まり、灰のような光の粒の残物がゆらりゆらりと頭上に降り注ぐ。僅かに現場に残っていた衛兵は、黒い光の塊を何事かと遠目で見つめる。その光の中で、ギルフォードは絶望をあらわにした。

 繋がれたままのギルフォードとシャーロットのそれぞれの右の手の甲に、青くはっきりと、同じ形の紋章が浮かび上がっている。

 ――運命の紋章。

 誰もが1度は耳にしたことがある、有名な伝説だ。
 運命で結ばれた男女の体の一部に、ごく稀に発現し、現れたら、紋章の絶対的な力によって必ず愛し合うのだという。そんなものはただの伝説に過ぎない――そう思っていた。しかし、自分の手には光り輝く紋章が確かに刻まれている。運命という神秘で語るなら、いささか禍々まがまがとした、黒い煙をまとう印だ。

 もし、運命の相手がいるのならば、それはただ1人――ジェナーだけなのだと信じてやまなかった。

 シャーロットは数歩後退して、両手で口を覆っている。しかし不思議だ。紋章が現れたというのに、シャーロットへの感情は、なんの変化もない。噂のような煮えたぎるような熱情も、恋心も湧いてこない。ただ頭に思い浮かぶのはジェナーのことばかりだ。

 この紋章はまるで、エイデン家に残してきた彼女への未練を全否定しているようだ。もう決して、彼女への恋が叶うことはないのだと。お前は彼女に相応しくないと天に言われている気分であった。ただ、心が凍りついて、焦燥と虚無が広がっていく。

「ギルフォード、それは……その手の証は――」

 ジェラルドは驚愕しながら声を漏らした。しかし彼の声は、ギルフォードの耳に届かない。
 他方、ギルフォードは、黒い煙がまだ微かに立ち上る紋章を上から手で抑え、愕然がくぜんと立ち尽くしていた……。
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