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しおりを挟む「セナは……姉さんに告白しないんですか」
「しないよ。彼女を困らせたくない。……リアは俺のことを男として見てないから」
セナが子どものころからずっと、オリアーナに好意を寄せていることは知っている。知らないのはオリアーナだけだ。
セナはこう言っているが、オリアーナも満更ではないと思う。今はまだ自覚がないだけで。元婚約者のレックスより、セナは何百倍もいい男だ。オリアーナがレックスと婚約解消できたことだけは幸いだったと思う。
(でもこれは、セナと姉さんの問題ですから。僕が口出しするようなことではありませんね)
レイモンドは苦笑した。
セナは心からオリアーナを想ってくれている。だからこそ、彼になら安心して姉のことを任せられるだろう。
「セナは随分強くなりましたね」
「……ずっと、お前を追いかけてきたからね。アーネル公爵家始まって以来の逸材のお前を」
「ふ。光栄です。姉さんを護るなら、僕くらい超えてくれないと困ります」
「それはあと三回くらい生まれ変わらないと無理かもな」
「買い被りすぎです」
庭に飛ぶ光の蝶に視線を移す。レイモンドが意図すると、蝶はそれに従って室内に戻ってきて、セナの指に止まった。
「姉さんのこと、頼みますよ」
念を押すように告げたあと、蝶が光の粒になって離散した。その直後。部屋の扉が乱暴に開け放たれる。
「頼んでほしいなんて、私は言ってない」
険しい表情で、オリアーナが立っていた。
「盗み聞きするなんて、姉さんらしくないですね」
「早く元気になって……学校に行くんでしょ? 学校を卒業して、魔術士団に入って出世するんでしょ……?」
「ふ。父さんや母さんみたいなこと言わないでくださいよ。僕は地位や名誉には興味ありません」
出世を願っているのは両親だけだ。もし魔術士団に入ったら、出世のためではなく、ただ人々のために力を尽くしたいと思っている。
オリアーナは、震えた声でこちらに迫って来た。
「弱気なこと言わないでよ。早く……元気になってよ」
「諦めてなんていません。叶うなら早く元気になりたいと……毎秒ごとに思っています」
「ならどうして……っ。どうして魔力が異常増幅していることを隠したんだ?」
「!」
レイモンドは目を見開いて、言葉をなくした。
「その顔、事実なんだね。病気に関係があるかもしれないのに、なぜ黙っていたの?」
「姉さんには関係のないことだからですよ。出て行ってください」
「は? なんで、」
「今は姉さんと話したくないと言っているんです」
冷たい声であしらい、彼女に手をかざす。
「待って、まだ話は終わって――」
呪文を唱える。
《――強制転移》
魔法が発動し、セナとオリアーナは部屋の外へと飛ばされる。レイモンドは魔法で扉を閉じて施錠した。
「ゲホッゲホ……ごほっ」
少し無理をしてしまったようだ。痛む胸を抑えながら、荒い息を整える。
(姉さんは優しいから……。事実を知ったら自分を責めたり、余計な苦悩を背負ってしまうかもしれません)
レイモンドが人並外れた魔力を持っているのは、ひとりの身体で始祖五家アーネル公爵家――二人分の力を保有しているからだ。
オリアーナは生まれつき魔力の供給源である魔力核を有していなかった。そしてレイモンドは、母親の腹の中で、本来オリアーナが持つはずだった魔力核まで奪ってしまった。
レイモンドの病は、本来ひとつしか持たないはずの魔力核を二つ、体内に有してしまう病気だ。
その事実に気づいたのは、最近になってからだ。魔力核は目で見ることはできない。しかし、核の中の魔力が増幅する度、自分のものとは明らかに違う神聖な魔力が、身体を破壊する勢いで膨れ上がっていることに気づいた。それはまさに、オリアーナが持つはずだった――聖女としての神聖な魔力だ。
魔力核について調べるために、あらゆる論文を取寄せて読み漁ったものの、現在の魔法医学では治療法が確立されていないと分かった。
きっとオリアーナは、自分が持つはずだった魔力核が弟の身体中を破壊し尽くしていると知ったら、心を痛めるだろう。両親が知れば、何も悪くないオリアーナを理不尽に責めるかもしれない。
だから、沈黙を守るしかなかった。
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