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しおりを挟むセナ・ティレスタムにとって、オリアーナは正義のヒーローだ。
素直で優しくて、誰よりも正義感が強く責任感がある。芯があってまっすぐな生き方を尊敬していたし、ひとりの女性としても好きだった。
オリアーナへの恋心を自覚したのは、もう随分昔のこと。幼いころ、幼馴染のオリアーナとレイモンドは親しくしていて、こっそり平民の子どもに扮して下町に遊びに行っていた。
「やーい女男ー!」
「こいつ、男のくせに女みたいな顔してやがるぜ。気持ち悪ぃ」
「ふふ、ちょっと。馬鹿にしちゃ可哀想よ。この子泣きそうじゃない」
ある日のことだった。
オリアーナたち双子とはぐれてしまい、町の子どもたちに絡まれていじめられていた。当時、普通の子たちより成長が遅く、背が低く華奢だったセナ。癖のないさらさらの髪も、大きくてまつ毛の長い瞳も、少女のように見えた。
セナは、体格のいい子どもたちに囲まれて怯えきっていた。
「痛っ。やめて……!」
ガタイのいい少年に石を投げつけられ、頭を腕で庇うように抱きながらうずくまった。涙目になりながらやめてと懇願すれば、意地悪な子どもたちは一層面白がって、蹴ったり殴ったりを繰り返した。
魔法を使えば、彼らを一掃することができる。このころ、すでに大人顔負けの実力があった。しかし、魔法を一般人に使ってはいけないと教えられているので、いじめを奥歯を噛み締めて耐え忍ぶしかできなかった。魔法は使えても、体格も筋力も人より劣るせいで、対抗できないのが悔しかった。
(どうしよう……リア、レイモンド、どこ行ったんだ……?)
少年のひとりに髪を引っ張られ、小さく悲鳴を漏らす。縋るような思いで双子のことを思い浮かべたとき――。
「セナからその手を離せ」
颯爽と現れたオリアーナは、少年の頬を殴り飛ばした。身軽な子どもは、吹き飛んで地面に倒れる。彼女はセナを庇い立ち、こちらを見下ろしながら「遅くなってごめんね」と囁いた。
「お前、そいつの仲間か? よくもやってくれやがったなぁ! ただじゃおかねぇ。お前ら、袋叩きにしちまえ!」
「一人を相手に複数で襲いかかるなんて、卑怯な奴らだね。いいよ、全員相手にしてあげる」
多勢に無勢。相手はオリアーナよりも体格がいい年上の子どもたち。どう考えても不利な状況だが、彼女は涼しい顔をして彼らを圧倒した。身軽な動きで攻撃をかわし、拳や足で打撃を与え、次々に子どもたちを屈服させていく。
少年のひとりが、木の棒を剣に見立てて、オリアーナめがけて上から下に振り下ろした。彼女はすいと身体を翻し、棒を少年から取り上げ、彼の喉元に突き立てる。
「ひっ、化け物……」
「化け物だなんて人聞き悪いな。――君たちが弱いだけだよ」
澄まし顔を浮かべていたオリアーナの目つきが、そこで鋭さを帯びる。
「次セナに意地悪したら、ただじゃおかないよ」
「もうすでに手ぇ出してるだろ! この男やべぇ! 怪力ゴリラだ!」
「あ……いや、私は女で――」
「お前ら起きろ! 逃げるぞ。――っておい女子! んなうっとりした目でそいつのこと見んな。オレらの敵だぞ」
オリアーナはセナより背が高く、中性的な顔立ちをしている。落ち着いた振る舞いは、子どもらしくない。短い金髪がなびく凛とした横顔を、野次馬の少女たちが顔を赤くしながら見ていた。オリアーナの美貌は幼いながら完成されていて、誰彼構わず魅了する。
「あのっ、あなたどこの子? 私たちの仲間に入れてあげる!」
「どこで体術を勉強したの? 強くて格好よくて、王子様みたいだった!」
「はは、ありがとう。でも、ごめん。いじめを諦観しているような薄情な人たちの仲間になる気はないかな」
にべもなくばっさり斬り捨てるオリアーナ。
「なっ……何よ、せっかく誘ってやってんのに、生意気……!」
オリアーナにすっかり執心していた少女たちは、はっきりと拒絶されて顔をしかめた。いじめていた少年とともに、悔しそうにその場を去っていった。
(リアは格好いいな……俺なんかよりずっと。ヒーローみたい)
清廉で実直。曲がったことを嫌い、物怖じせずに思ったことを言う。セナにはそんな度胸はない。オリアーナはいじめっ子たちの背中を見送ると、こちらを振り返って、へたり込んでいるセナに手を差し伸べた。
「もう大丈夫だよ。――セナ」
そう言ってはにかんだ彼女に、心臓がどくんと音を立てた。訳も分からないまま、脈動が加速していく。この瞬間、セナは彼女に恋に落ちた。
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