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しおりを挟む「それでは皆さん、魔法石の指輪を用意していますね?」
講堂に、クラスメイトたちは移動した。
女教師マチルダが、教壇に立っている。彼女はふくよかな中年の女性で、高く伸びた鼻に、つり目がちな目で、尖った帽子を被っていて、さながら物語の魔女のような風貌をしている。
「皆さんには魔法石を杖に変化させてもらいます。このように――」
指輪を外して手のひらに乗せ、呪文を唱える。
《――現れよ!》
すると、白い煙が立ち込めたのと同時に、木製の長い杖が現れた。その杖を構えて、更に詠唱する。
《――風よ》
その刹那、講堂の中に強い風が吹きすさび、生徒たちの身体の線を揺らした。マチルダの魔法属性は『風』だ。
「では、実践の前にもう一名、お手本を見せてもらいましょう。レイモンドさん。できますね」
「え……」
彼女が指名したのはまさかのオリアーナだった。レイモンドは学院の首席合格者。この程度の魔法は本人なら朝飯前だろうが、ここにいるのは、非魔力者の双子の姉の方だ。慣れないことを人前でして上手くいくだろうかと返答に迷っていると、生徒の中でひとり手が挙がった。
「俺がやります」
自ら立候補したのはセナだった。オリアーナをフォローしたのだ。
「まぁいいでしょう。では、お願いします」
「はい」
セナはそう言って、左手の人差し指から指輪を外し、親指の指先でパチンと弾いて宙に浮かせた。石は回転しながら空中へ飛んでいく。
《――現れよ》
宙に浮かぶ指輪は、またたく間に黒々とした光沢のある杖に変わった。マチルダのものより細くスタイリッシュで、先端に黒い稲妻が走っており、『闇』の力を象徴している。セナは杖に《――戻れ》と命じ、形状をデフォルトに戻した。彼の迅速な魔法展開に、生徒たちは「おお」と感嘆の息を漏らした。
「ありがとうセナさん。では、他の皆さんも――始め」
マチルダは手を叩いて合図した。
オリアーナはおもむろに、制服のシャツ越しにペンダントに触れた。胸には、アーネル公爵家の家宝である魔法石が引っさげられている。その石は、非魔力者であってもある程度の魔法を行使できるという代物。
「本当に大丈夫ですの? レイモンド様」
「多分ね。やってみるよ」
こちらを心配するジュリエットは、すでに杖の現出に成功しており、赤い炎をまとう杖を握っている。彼女に見守られながら、オリアーナは呟いた。
《――現れよ》
すると――。
凄まじい光が辺りに離散する。目も開けていられないほど強い光が収束すると、生徒たちは何事かとこちらを振り返った。
「ちっさ……!?」
オリアーナの手の上に、小指程度の長さの杖が転がっていた。本体は白く、緑と黄色の緻密な模様が描かれており、上部が窪んでいる。よく見ると杖は筒状になっており、杖というより――笛に見える。
(まぁ、私の力量ではこんなものか)
ささやかすぎる自分の杖を、訝しげに眺めていると、血相を変えたセナが声を張り上げた。
「レイモンド! それをすぐに捨てて破壊しろ!」
「……え?」
いつもは無表情で冷静な彼が取り乱していふ。その直後――講堂内が凄まじい獣の雄叫びに揺れた。
『ウオオォオオオーーーー!』
「…………!?」
肝心の、声の主の姿は見えない。けれど、確かに存在する何かが、どこかからけたたましい咆哮を上げている。唸り声が反響し、鼓膜を震わせる。生徒たちは当惑し、耳を塞いでうずくまったり、恐怖に悲鳴を上げたりしている。
《――風の刃》
マチルダが呪文を唱えると、オリアーナの杖はパリンと音を立てて割れた。手のひらに乗った物体に魔法を命中させる精密性は見事だ。マチルダは額に汗を滲ませ、ひどく動揺した様子でこちらに駆け寄った。
「レイモンドさん! あなた、なぜそれを!? なぜ『呼び笛』を出せるのです!?」
「呼び笛……? なんですか、それは……」
全く見当もつかずにいると、彼女はゆっくりと息を吐いた。そして、懐から透明な小瓶を取り出して蓋を開いた。先程粉砕されたオリアーナの杖が、物理法則に逆らって吸い取られるように瓶の中に収まっていく。彼女は瓶に蓋をしてこちらに言った。
「これは私が預かります。あなたはしばらく、杖の現出を固く禁じます」
「……! どうして――」
「いいですね? これは命令です」
「は、はい。分かりました」
一体何が起きたのか訳が分からない。魔法と離れた場所で生きてきたオリアーナは、魔法で起こる事象に疎いのだ。
ふと、セナの方に視線をやると、いつも澄ました顔をしている彼が、悲しそうな表情でこちらを見ていた。
(セナ……?)
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