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しおりを挟むポセニアの甘い花のような香水の匂いが鼻を掠めたとき、エトワールと話していたイザールがそちらを振り向く。
ポセニアはイザールの視線に気づき、ふわりと会釈をする。その瞬間、イザールがうっとりとした表情を浮かべたのをエトワールは見逃さなかった。彼も彼女に会釈する。
そういえば彼は、一度目の人生のときのこの宴でも、舞台で優雅に舞うポセニアを見て、こんな表情をしていた。
分かりやすいくらいに惚れた男の目をしているのに、エトワールは死ぬ時までふたりの関係に気づかなかった。
「お二人はお知り合い?」
「はい。彼女は王国騎士団の医療奉仕部隊に所属していて、とても世話になっているんです」
「ははーん、なるほどなるほど。甲斐甲斐しく尽くされるうちに好意を抱くようになったって訳ね?」
「そういう訳では……」
「そういう訳よ。婚約者がいる前で、鼻の下なんか伸ばしちゃって」
「伸ばしていません」
「伸ばしてたわ。着古してくったくたになった私のシュミーズよりだらしなくね!」
「それは新品に替えてください」
腕を組み、威嚇するようにイザールを見上げると、彼はこちらに手を伸ばし、弁明を試みようとした。
「何度も言うように、本当に誤解で――」
「触らないで!」
伸ばされた手を振り払い、睨みつける。エトワールのグレーの瞳には怒りや嫌悪、憎悪が滲んでおり、それを受け止めたイザールは息を詰める。
「だってあなた、浮気者の人相をしているもの。信用できない」
「勝手に決めつけるのはいかがなものでしょう。あなたこそ、それが初対面の相手に対する物言いですか? 仮にも高等教育を受けてこられた王族の態度とは思えません。俺が殿下に何をしたとでも?」
過去ではなく、これから恐ろしいことをしでかすのだ。その腰に提げた剣で、目の前にいる少女を五年後――刺し殺す。
エトワールは背筋が粟立つのを感じ、自分の身を守るように腕を自分を抱く仕草をしながら、一歩、二歩、と後退する。
「残念よ。私たちって、とっても相性が悪いみたい。この婚約は白紙にしていただくしていただくよう、私から陛下に申し上げておきますので、どうぞご心配なく」
「お待ちください、突然婚約解消など納得できるはずがありません。エトワール王女殿下――」
「では、ごきげんよう」
彼の大願である政権奪取は、エトワールの夫となることが必要条件だ。当然、婚約解消に納得はしないだろう。
彼からの呼びかけを遮って、カーテシーを披露する。物言いだけにイザールが口を開きかけたのも無視して、踵を返した。
一方、その場に残されたイザールは、エトワールの姿をいつまでも見送っていた。そして、ため息混じりに小さく呟く。
「厄介なことになった。まさか、ポセニアとの関係について気づいていたとは……」
◇◇◇
そして、歓迎の宴が始まった。プトゥゼナール国王を迎えるために、一週間前から王宮に滞在していた貴族たちが、会場に集まる。
会場は野外となっており、空は雲ひとつなく青々としていて、爽やかな風が吹いていた。
庭園はこの日のために手入れが行き届いており、茂みは丸く均等に形を整えられ、植えられた花はみずみずしい。着飾った人々たちすら、まるで装飾の一部のように、この庭園の色彩を豊かにしている。人々のテーブルに、続々と贅沢な食事が運ばれていく。
参集者たちよりも一段高い場所に、エトワールやフェレメレン家の王族達、そしてプトゥゼナール国王が座っている。プトゥゼナール国王は派手好き、享楽好き、そして――幼女好きで有名だ。
(確か、このオーケストラの演奏が終わったら……私が舞を披露する番だったわね)
一度目の人生を振り返りながら、膝の上でぎゅっと拳を握り締めた。
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