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しおりを挟むアナスタシアの必死の剣幕から、秘密を守らなくてはという焦りが伝わってくる。
しかしそこで、ノルティマが落ち着いた声で言った。
「王家直系の者が、精霊の慰霊碑に祈りを毎日捧げ続けなければ――この国に雨は降らない。それが、水の精霊国を滅ぼした五百年前から続く王家の呪いです。私は物心がついてからずっと、毎日欠かすことなく礼拝をしてきました。そして礼拝には、壮絶な苦痛が伴うのです」
ノルティマが打ち明けた事実に、人々はすっかり言葉を失っている。そして、ノルティマが失踪してから雨が全く降らなかったことにも合点がいったようだ。
アナスタシアは額に手を当ててため息を吐き、ヴィンスは天井を仰いでいる。
エルゼはノルティマに寄り添いながら言った。
「精霊たちは俺の浄化を拒んだ。アントワール王家がこの国の長であり続ける限り、呪いを解く気はないらしい。そこでふたつ目の条件を提示する。女王よ、次の当事者を見極め――玉座を退け」
「なんですって……!?」
「呪いを知られた以上、その地位を維持し続けることはもはや不可能。いずれ反乱が起きて歴史から消滅するか、自主的に幕を閉じるかの違いだけだ。あるいは、シャルディア王国が侵攻を開始し、支配下に入るときを待つか……」
アナスタシアは元々白かった顔を更に蒼白にさせた。そして、おろおろと目をさわよわせながら、震える声を漏らした。
「ああ……わたくしは、どうしたら……」
五百年以上続いてきた王家の歴史に終止符を打つことなど、そう簡単に決められる問題ではない。
彼女はへなへなとその場に力なく崩れ落ちた。女王にあるまじき威厳のない様子だ。
ノルティマはアナスタシアのことを見下ろしながら言う。
「この国に雨が降らなくなっても、女王陛下は政務を言い訳に、自ら祈りを捧げようとはなさらなかった。決して悪いことではありません。……誰だって、痛いのが嫌いなのは当然ですものね?」
「…………っ」
この場にいる者たち全員がアナスタシアに対して不信感を向けている。
呪いの秘密、次期王配ヴィンスの不祥事、王太女への不当な仕打ち……。露呈されたこれらの問題は、王家への信頼が失われるには十分すぎるだろう。
アナスタシアは、この場を切り抜ける知恵を思いつくほど聡明でもなく、今の王政を維持しようという度胸も勇敢さもなかった。
「…………分かったわ。ふたつの条件を受け入れましょう。それでこの件は、和解にしてくれるのよね?」
「ああ、もちろん。俺は約束は守る」
アナスタシアの後ろで王配は黙ったまま、ことの成り行きに任せるといった風に目を伏せている。
しかし、ヴィンスは納得していなかった。
「決断するには性急すぎます! 五百年続いた我々の治世を、栄華を、ここで終わらせるとおっしゃるのですか!? なりません! どうかお考え直しを!」
ヴィンスはただ、次期王配という地位を失うのが嫌なだけだ。彼の野心は見え透いている。
「もともとこの王家の基盤は……脆弱だったわ。呪いの秘密を守るために近親婚を繰り返した結果、アントワール王家には男は生まれなくなり、女たちは苦しんできた。……わたくしもそのひとりだった。もう、終わりにしましょう」
アナスタシアは目を伏せ、拳を握り締めた。
(お母様は……王に向いていなかった。そして私も)
彼女も幼いころからノルティマと同じように、次期女王のための厳しい教育を施され、物心がつくころには、強制的に慰霊碑に礼拝をさせられ、苦しんできたのだった。
彼女は王として采配を振るうことも、権力にもさほど興味はなかった。
長らく重圧を受けてきた彼女は、ノルティマと言う後継者が生まれると、自分が楽をしたいがために、多くを娘に押し付けたのである。
「お待ちください、本気で王位を手放すおつもりですか……!? 陛下、なりません!」
「――黙りなさい!」
「……っ」
「ヴィンス。そなたの望む地位はもう手にはいらないのよ。シャルディア国王に無礼を働いたことを忘れたの? そなたに何かを要求する資格はないわ。処断される覚悟をしておきなさい」
ヴィンスは茫然自失となり、その場に立ち尽くした。
アナスタシアは王配に支えられながらよろよろと立ち上がり、決断を人々に告げた。
「シャルディア王国と敵対し、我が国に血がほとばしるのは不本意です。わたくしが退くだけでことが収まるのなら安いものでしょう。わたくしは母としても為政者としてもふさわしくはなかった。新たに玉座にふさわしい者を据え、アントワール王家の役目は――最後にいたしましょう」
そして、最後の言葉には、心からの安堵が滲んでいた。
「これでようやく……五百年続いた精霊との因縁を断ち切れる」
女王は玉座を手放す宣言をした。
こうして、五百年続いてきたアントワール王家の歴史は幕を閉じたのである。
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