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しおりを挟むそして、エルゼからアントワール王家に対し、侵攻をしない代わりの条件が提示される。
「王太女ノルティマ・アントワール嬢をもらいたい」
ざわり。淡々とした口調で告げられた内容に、広間は騒がしくなった。
「せっかくお戻りになったというのに、困るわ……!」
「ノルティマ様以外に次期女王にふさわしい者はいない。それなのに彼女を譲れなど言語道断だ」
他方、女王アナスタシアの動揺は比類ないもので、彼女の顔からみるみる血の気が引いていく。
「それだけはできませんわ。ノルティマは我が国にとって大切な存在なのよ」
「はっ、笑わせるな。少しも尊重してこなかったくせに」
「……」
エルゼの指摘に、アナスタシアはぐうの音も出ない。
「それに先ほど言ったはずだ。どの道そなたは、アントワール王家最後の女王になるのだと。そなたの代でこの王朝は終わり、新たな時代を迎える。――水の精霊国の元王エルゼの名において」
水の精霊国の元王という言葉に、人々は衝撃を受ける。
エルゼが手のひらをかざした刹那、彼の周りを水の粒子が旋回する。神秘的な光景にエルゼの人間離れした美貌が相まって、息を飲む気配があちこちからした。
「そ、そんな……っ嘘よ。水の精霊国は五百年も昔に滅びたわ。精霊の寿命は二百年程度と言われている。元王が今も生きているだなんて……ありえない。ありえないわ……!」
「俺は六百年生きた。そなたたちの先祖に住処を奪われた精霊たちは悪霊となり、元王にまで恨みをぶつけた。俺は精霊たちに……時間を奪われたんだ」
初めて明かされた彼の生きてきた年数は、あまりに途方もない長さだった。
エルゼの寿命が長すぎること、ずっと疑問に思ってきたが、呪いと聞いてようやく腑に落ちた。アントワール王家もずっと、精霊の呪いによって苦しんできたから、呪いの恐ろしさは嫌というほど知っている。
(敬愛していた王であるエルゼにまで呪いをかけるなんて……。ならこれから先もずっと、エルゼは寿命を迎えずにひとりで生き続けなくてはならないというの……?)
これまで彼が抱えてきたであろう苦しみや葛藤を想像し胸を痛めていると、エルゼがちらりとこちらを見た。彼は不安そうな顔をするノルティマを宥めるかのように、一瞬優しげに微笑む。
だがすぐに、アナスタシアに視線を戻した。
「湖を埋め立てることがなければ、この国はまだ精霊と共存し、かつてのような豊かさを享受していたことだろう」
ベルナール王国は精霊たちがいたころ、今より遥かに繁栄していたとされる。彼らを失ったことで、国力は著しく低下していったのだが、アントワール王家は責任を問われることを恐れて、国中の神殿や精霊たちの像をひたすら破壊していき、精霊たちの存在ごと人々の記憶から消し去った。
精霊たちを襲った悲劇を語るエルゼの表情は憂いを帯びていた。
「今もなお、精霊たちはアントワール王家を憎み、国を治めるにふさわしくないと訴え続けている。――あの慰霊碑の中でな」
エルゼが指差したのは、広間の窓の向こうに小さく見える精霊の慰霊碑だった。
「まさか、王家の呪いに気づいて――」
「ここにいる皆に、面白い事実を教えてやろう。この国の王室に女のみしか生まれないこと、世間では精霊の呪いと言うらしいがそれは違う。水の精霊にそのような力はないし、遺伝的な問題だろう。王家は秘密を外に漏らさないように近親婚を繰り返してきたそうだからな。本当の呪いは別にある。それは……」
「おやめなさい!」
そのとき、アナスタシアが眉間に縦じわを刻んで叫び声を上げた。
彼女の怒号が広間中に響き渡り、人々は萎縮する。
だが無理もない。この国の雨の恵みが、ひとりの少女の肩に委ねられていることが知られたら、大混乱に陥ることは間違いないのだから。
そして、呪いを背負う王家の治世に、不満と不安を抱く者が現れるはずだ。
(呪いの事実を知られたのなら、王家と民衆の信頼関係は崩壊し、王座から引き下ろそうとあらゆる人たちがしのぎを削ることになるでしょう)
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