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 翌日。王宮の大広間で王太女ノルティマの帰還を祝う盛大なパーティーが催された。
 大理石の床は塵ひとつなく磨き抜かれ、頭上のシャンデリアは夜の空に浮かぶ星々のごとく繊細な輝きを放っている。アントワール家の権威を人々に知らしめるかのように、潤沢な財産が惜しみなく装飾に注がれていた。

 そして、広間の中で最も注目を集めていたのはもちろん――ノルティマだった。人々より一段高いところに、女王アナスタシアと並んで立つ。

 この場にはヴィンスと王配の姿もあるが、王配はさながら置物のように、アナスタシアの後方で傍観している。彼は常に女王の影のように付き従っており、存在感がない。
 エスターはノルティマの晴れ舞台を見たくないという理由で、自室に引きこもっているとか。

「早く皆様にご挨拶申し上げなさい」
「……かしこまり、ました」

 ノルティマの耳元でアナスタシアがそう囁く。ノルティマが帰ってきたら彼女は、これまで蔑ろにして申し訳なかったと口では言いつつも、なんだかんだと理由をつけては仕事を押し付けてきた。

 ノルティマに負担をかけてきたことに、多少の反省や自責の念はあるらしいが、自分が楽をして遊んでいたいという性根の部分は、ちっとも変わっていないようだ。

 一歩前に踏み出して優美なカーテシーを披露する。ゆっくりと顔を上げ、こちらを見ている人々を一瞥して思った。

(もう……周りの人たちの言うことを聞いて大人しくしているのは嫌。自分の感情にもちゃんと寄り添ってあげたい。もう二度と――心が壊れてしまわないように。だから逆らってやるわ。誰かを犠牲にしなくては成り立たないような脆弱な王政はどの道、いずれ滅んでいたでしょう。それが少し……早まるだけ)

 にこりと穏やかに微笑みながら、ノルティマは言う。

「この度は、私の不在でお騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした。ただいま戻りました」

 形式通りの挨拶を口にしたあと、反対隣に立っていたヴィンスがぱんっと手を叩き、声高らかに宣言する。

「本日は皆様に、次期女王失踪の真相について、ご説明させていただきたい。――さぁお前たち、罪人をここに!」

 大広間の扉が騎士たちによって開け放たれ、それと同時に少年の姿のエルゼが連れ込まれる。

 全身傷だらけで薄汚れ、手錠で拘束されたみすぼらしい少年の姿に、広間にいる人々はざわめいた。眉をひそめ、怪訝そうな顔をしながら、ひそひそと噂話を始める。

「何、あの子ども……汚くてみっともないわ」
「きっと不法侵入した卑しい孤児なのよ」

 その場にいる誰もが、その少年が大国シャルディアの国王であり、数百年を生きる元精霊王だとは夢にも思わないだろう。騎士たちはエルゼのことを広間の中央に跪かせた。

 神力が回復した彼なら、大人の姿と子どもの姿、どちらも自由に変身できる。つまり彼は今――自らの意思で罪人として捕らえられた子どもの姿をとっているということ。
 地下牢でノルティマと再会したとき、エルゼは脱出せずにあの貯水池に留まったのである。

「この少年は、あろうことかリノール湖で乗馬中のノルティマ王太女殿下をそそのかして誘拐し、ベルナール王国に大混乱を招いた大罪人。その罪の重さを理解しているのか!?」
「……」
「その沈黙は、肯定の意と取らせてもらう。よって、少年エルゼに――処刑を命じる!」

 ヴィンスの声が広間全体に響き渡り、人々はしん……と静まり返った。すると――
 
「ふっ……ははは……っ」

 そのときエルゼが、肩を震わせながら笑い出した。死刑を宣告されているのに笑う少年の姿に、ヴィンスは困惑して一歩後退する。

「な、何がおかしい? 気でもおかしくなったか?」
「おかしいのはお前たちの方だ。こんな子どもに誘拐なんてできる訳がないだろう。事実だったとしたら、咎めるべきは手薄すぎる警備体制じゃないか? それに……一体誰に対して、処刑だって?」

 エルゼが小さく何かの呪文を唱えれば、彼を拘束していた騎士たちは突然、どこからともなく発生した水流によって吹き飛び、壁に突きつけられる。
 水は生き物のようにうごめきながらエルゼの鎖に絡みつき、ばらばらに破壊していく。

「その力は……一体……」

 驚愕するヴィンスをよそに、ゆっくりと立ち上がるエルゼ。立った瞬間に眩い光が彼を包み、あっという間に大人の姿へ変えていく。
 拷問によってできた傷も、精霊術でまたたく間に治癒された。

「――精霊術を目にするのは初めてか?」

 エルゼは長く伸びた艶やかな髪を、額から後ろに掻き上げる。ふわりとはためく金髪やその妖艶な仕草に、女性たちはうっとりと目を細め、色めきたつ。

 人間離れした美貌を持つエルゼは、後光が差したかのような圧倒的な存在感を放っていた。

「ま、まさかそなたは……精霊か?」
「ご名答」

 女王アナスタシアの問いに、エルゼは淡々と答える。



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いつもお読みいただきありがとうございます。曽根原ツタです。

本作も残すところわずかとなりました。
新作をはじめましたので、もしご興味を持っていただけましたらよろしくお願いいたします…!
『私のことはお構いなく、姉とどうぞお幸せに』
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