47 / 53
47
しおりを挟む翌日。王宮の大広間で王太女ノルティマの帰還を祝う盛大なパーティーが催された。
大理石の床は塵ひとつなく磨き抜かれ、頭上のシャンデリアは夜の空に浮かぶ星々のごとく繊細な輝きを放っている。アントワール家の権威を人々に知らしめるかのように、潤沢な財産が惜しみなく装飾に注がれていた。
そして、広間の中で最も注目を集めていたのはもちろん――ノルティマだった。人々より一段高いところに、女王アナスタシアと並んで立つ。
この場にはヴィンスと王配の姿もあるが、王配はさながら置物のように、アナスタシアの後方で傍観している。彼は常に女王の影のように付き従っており、存在感がない。
エスターはノルティマの晴れ舞台を見たくないという理由で、自室に引きこもっているとか。
「早く皆様にご挨拶申し上げなさい」
「……かしこまり、ました」
ノルティマの耳元でアナスタシアがそう囁く。ノルティマが帰ってきたら彼女は、これまで蔑ろにして申し訳なかったと口では言いつつも、なんだかんだと理由をつけては仕事を押し付けてきた。
ノルティマに負担をかけてきたことに、多少の反省や自責の念はあるらしいが、自分が楽をして遊んでいたいという性根の部分は、ちっとも変わっていないようだ。
一歩前に踏み出して優美なカーテシーを披露する。ゆっくりと顔を上げ、こちらを見ている人々を一瞥して思った。
(もう……周りの人たちの言うことを聞いて大人しくしているのは嫌。自分の感情にもちゃんと寄り添ってあげたい。もう二度と――心が壊れてしまわないように。だから逆らってやるわ。誰かを犠牲にしなくては成り立たないような脆弱な王政はどの道、いずれ滅んでいたでしょう。それが少し……早まるだけ)
にこりと穏やかに微笑みながら、ノルティマは言う。
「この度は、私の不在でお騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした。ただいま戻りました」
形式通りの挨拶を口にしたあと、反対隣に立っていたヴィンスがぱんっと手を叩き、声高らかに宣言する。
「本日は皆様に、次期女王失踪の真相について、ご説明させていただきたい。――さぁお前たち、罪人をここに!」
大広間の扉が騎士たちによって開け放たれ、それと同時に少年の姿のエルゼが連れ込まれる。
全身傷だらけで薄汚れ、手錠で拘束されたみすぼらしい少年の姿に、広間にいる人々はざわめいた。眉をひそめ、怪訝そうな顔をしながら、ひそひそと噂話を始める。
「何、あの子ども……汚くてみっともないわ」
「きっと不法侵入した卑しい孤児なのよ」
その場にいる誰もが、その少年が大国シャルディアの国王であり、数百年を生きる元精霊王だとは夢にも思わないだろう。騎士たちはエルゼのことを広間の中央に跪かせた。
神力が回復した彼なら、大人の姿と子どもの姿、どちらも自由に変身できる。つまり彼は今――自らの意思で罪人として捕らえられた子どもの姿をとっているということ。
地下牢でノルティマと再会したとき、エルゼは脱出せずにあの貯水池に留まったのである。
「この少年は、あろうことかリノール湖で乗馬中のノルティマ王太女殿下をそそのかして誘拐し、ベルナール王国に大混乱を招いた大罪人。その罪の重さを理解しているのか!?」
「……」
「その沈黙は、肯定の意と取らせてもらう。よって、少年エルゼに――処刑を命じる!」
ヴィンスの声が広間全体に響き渡り、人々はしん……と静まり返った。すると――
「ふっ……ははは……っ」
そのときエルゼが、肩を震わせながら笑い出した。死刑を宣告されているのに笑う少年の姿に、ヴィンスは困惑して一歩後退する。
「な、何がおかしい? 気でもおかしくなったか?」
「おかしいのはお前たちの方だ。こんな子どもに誘拐なんてできる訳がないだろう。事実だったとしたら、咎めるべきは手薄すぎる警備体制じゃないか? それに……一体誰に対して、処刑だって?」
エルゼが小さく何かの呪文を唱えれば、彼を拘束していた騎士たちは突然、どこからともなく発生した水流によって吹き飛び、壁に突きつけられる。
水は生き物のようにうごめきながらエルゼの鎖に絡みつき、ばらばらに破壊していく。
「その力は……一体……」
驚愕するヴィンスをよそに、ゆっくりと立ち上がるエルゼ。立った瞬間に眩い光が彼を包み、あっという間に大人の姿へ変えていく。
拷問によってできた傷も、精霊術でまたたく間に治癒された。
「――精霊術を目にするのは初めてか?」
エルゼは長く伸びた艶やかな髪を、額から後ろに掻き上げる。ふわりとはためく金髪やその妖艶な仕草に、女性たちはうっとりと目を細め、色めきたつ。
人間離れした美貌を持つエルゼは、後光が差したかのような圧倒的な存在感を放っていた。
「ま、まさかそなたは……精霊か?」
「ご名答」
女王アナスタシアの問いに、エルゼは淡々と答える。
----------------
いつもお読みいただきありがとうございます。曽根原ツタです。
本作も残すところわずかとなりました。
新作をはじめましたので、もしご興味を持っていただけましたらよろしくお願いいたします…!
『私のことはお構いなく、姉とどうぞお幸せに』
1,762
お気に入りに追加
4,947
あなたにおすすめの小説
一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・
白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。
蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。
「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」
王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。
形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。
お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。
しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。
純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。
※小説家になろう様にも掲載しています。
彼女の光と声を奪った俺が出来ること
jun
恋愛
アーリアが毒を飲んだと聞かされたのは、キャリーを抱いた翌日。
キャリーを好きだったわけではない。勝手に横にいただけだ。既に処女ではないから最後に抱いてくれと言われたから抱いただけだ。
気付けば婚約は解消されて、アーリアはいなくなり、愛妾と勝手に噂されたキャリーしか残らなかった。
*1日1話、12時投稿となります。初回だけ2話投稿します。
「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう
天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。
侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。
その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。
ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。
何も知らない愚かな妻だとでも思っていたのですか?
木山楽斗
恋愛
公爵令息であるラウグスは、妻であるセリネアとは別の女性と関係を持っていた。
彼は、そのことが妻にまったくばれていないと思っていた。それどころか、何も知らない愚かな妻だと嘲笑っていたくらいだ。
しかし、セリネアは夫が浮気をしていた時からそのことに気づいていた。
そして、既にその確固たる証拠を握っていたのである。
突然それを示されたラウグスは、ひどく動揺した。
なんとか言い訳して逃れようとする彼ではあったが、数々の証拠を示されて、その勢いを失うのだった。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?
蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」
ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。
リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。
「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」
結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。
愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。
これからは自分の幸せのために生きると決意した。
そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。
「迎えに来たよ、リディス」
交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。
裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。
※完結まで書いた短編集消化のための投稿。
小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。
身分を捨てて楽になりたい!婚約者はお譲りしますわね。
さこの
恋愛
ライアン王子には婚約者がいる。
侯爵家の長女ヴィクトリアと言った。
しかしお忍びで街に出て平民の女性ベラと出あってしまった。
ベラと結婚すると国民から人気になるだろう。シンデレラストーリだ。
しかしライアンの婚約者は侯爵令嬢ヴィクトリア。この国で5本指に入るほどの名家だ。まずはヴィクトリアと結婚した後、ベラと籍を入れれば問題はない。
そして結婚式当日、侯爵家の令嬢ヴィクトリアが来るはずだった結婚式に現れたのは……
緩い設定です。
HOTランキング入り致しました.ᐟ.ᐟ
ありがとうございます( .ˬ.)"2021/12/01
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる