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 聖堂で大勢の怪我人や病人をあっという間に癒す彼を見て、どうしてノルティマの治癒には力を消耗したのか疑問に思っていたが、そこでようやく納得した。

「慰霊碑には恐らく、悪霊化した精霊たちが宿っている」
「本当に、交渉するだけで彼らの怒りを鎮めることができるの?」
「さぁね。最悪、俺の力で、一体一体浄化していくしかない」

 だが、浄化には膨大な神力を消耗し、力を使いすぎたらエルゼはまた、本来の姿に戻れなくなってしまうのだ。
 あるいはさらに段階が下がり、獣のような姿になってしまうかもしれないという。それこそ、ノルティマが彼と出会ったときのように。

「でも、力を使ったらまた元の姿に戻れなくなってしまうのでは? 昔みたいに獣の姿になってしまうかも……」
「おっしゃる通りです。そこで、私が参った次第ですよ」

 レディスがため息混じりに言う。

「国王陛下が幼獣に変身しては大混乱になります。できればそのような事態は避けたいですが、万が一の尻拭いのために。――陛下、まさか異国のために本気で力を行使なさるおつもりではありませんよね?」
「シャルディア王国に力を尽くしてやる義理はないが、ノルティマのためなら話は変わる」
「はぁ……。陛下の気まぐれで数ヶ月も獣などに変身されては、シャルディア王国側としては大迷惑なのですがね。もう少し国王としての自覚を持っていただきたいものです」

 眉間のあたりをぐっと押す彼の仕草には、憂鬱さが漂っており、彼が主人にこれまで何度も苦労させられてきたのだろうと想像させる。
 一方のエルゼは、何食わぬ様子で笑顔を浮かべている。

「俺は別に、王に向いている訳でも望んでなった訳でもない。お前たちが勝手に崇め出しただけだ。シャルディア王国を俺の庇護下に置き、有事の際に力を貸す代わりに――あとは好きにさせてもらう。王になるとき人間たちとそういう約束を交わした」
「それでも、私の苦労を少しは考えていただきたいということですよ」

 また大きなため息を吐くレディスに、ノルティマは心の中で同情するのであった。心配そうにふたりのやり取りを見ていると、エルゼがこちらを宥める。

「心配しないで俺に任せて。きっといい形に収まるようにしてみせるから。この呪いには何か意味があると思うんだ」
「意味……?」
「物事は表裏一体。必ずしも悪い面だけではなく必ず良い面も持っている。呪いの問題をうまく利用すれば、あなたを王家というしがらみから本当の意味で救い出すこともできるかもしれない」

 エルゼはゆっくりと、薄い唇で扇の弧を描いた。

「この帰国があなたにとって試練ではなく、祝福になるようにしてみせよう」

 スターゲイジーパイは、祝い事のときに食べられる伝統料理だ。エルゼは何を考えて、この特別な料理を用意させたのだろうか。
 彼が丁寧な所作でパイをひと口口に運ぶのを眺めながら、ノルティマは頭に疑問符を浮かべた。
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