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しおりを挟む彼に手を引かれるまま、大聖堂の列に近づく。エルゼはぱんっと手を叩いて民衆の注意を引き、軽快に告げる。
「今から俺がお前たちに治癒を施してやろう。重症の者から来い」
「あなたは……精霊術師の見習いか?」
「まぁ、そんなところだ。お前は腕の骨が折れているのか?」
「は、はい」
「手を出してみろ。――治癒ヒール」
元精霊王の力は強大で、人々の怪我や病をいとも容易く癒してしまった。エルゼが楽々と怪我を治しているのを見て、ノルティマはふと疑問に思った。
(湖に落ちたときの私の怪我って……どれだけ深刻だったのかしら)
これほど強大な力を持つ元精霊王が、本来の姿を維持できなくなるほどの重症だったなんて。
彼はノルティマの状態を瀕死だったと言っていたが、目の前で治療を行う様子を見て、彼の力なら瀕死の人間を回復させることも簡単にできてしまえそうに見えた。
エルゼはあっという間に、列に並ぶ全員の治療を完了させた。
「「ありがとうございました! 精霊術師見習い様」」
「礼はいい」
無愛想に感謝の言葉をあしらうエルゼ。人々は帰り際、エルゼだけではなくノルティマにも礼を言ってきた。
「あなたもありがとうねぇ」
「い、いえ……私は何も」
「はい、飴をあげるからね」
列の最後尾にいた気の良い中年女性が、ノルティマの手に飴の包みを握らせて、踵を返した。
聖堂の中では他の精霊術師たちが治癒を施していたが、あっという間に謎の少年が全員を癒したことに驚いている。
唯一、少年の正体が国王だと知るレディスだけはきわめて落ち着いた様子で、こっそりとエルゼに囁く。
「あなた様が民衆のために奉仕なさるなど、珍しいこともあるのですね。どういう風の吹き回しでしょうか」
「ただ精霊の力をノルティマに見せたかっただけだ」
「左様でございますか。その心境のまま国家のために今後も貢献していただきたいものですがね」
「気が向いたらな」
レディスとエルゼがそんな会話をする傍ら、ノルティマは聖堂の掲示板に見入っていた。
掲示板には、街で最近起こったことや、政治のことなどの記事が書かれている。
「やっぱり……ね」
その記事には、先日ベルナール王国の戴冠式で起きた騒動についてが書かれている。エスターが王太女に即位するための重要な儀礼なのだが、民衆が押し掛けてきて台無しになったという。
民衆が暴動を起こした理由はシャルディア王国に雨が降らなくなったから。
ノルティマが消えたのを境に一滴の雫さえ大地に落ちなくなり、人々はエスターが次期女王にふさわしくないからこのようなことが起きたのだと結びつけたらしい。
暴徒たちはもちろん全員逮捕され、次々に極刑が言い渡されているという。
(エスターは――礼拝をしていないんだわ)
こうなることは最初から予想できていた。甘やかされて育ち、忍耐力や粘り強さがないエスターは、早々に音を上げて慰霊碑に向かわなくなることを。
記事には、ノルティマが失踪してからすぐに降雨が止まったと書かれており、エスターが一日かそこらで礼拝に行かなくなったのが予想できる。
あるいは、一度たりとも祈りに行っていないのかもしれない。二ヶ月雨が降っていないということは、各地で大規模な渇水が起き始めて、生活への影響も出ていることだろう。
(このままでは……無実の民たちまで苦しむことになる)
いつの間にか後ろのレディスとエルゼの会話は終わり、エルゼ以外の者たちは聖堂を出て行った。精霊術師は忙しく、次から次へとやることがある。
すると、掲示板の前で立ち尽くしているノルティマに、エルゼが話しかけてきた。
「何か気になることでもあった?」
「………」
「ノルティマ?」
「――帰らなくちゃ。ベルナール王国に」
ノルティマはエルゼの方を振り返る。
その表情に、迷いや葛藤はなかった。
「ずっと隠していたことがあるの。私の名前は――ノルティマ・アントワール。水の精霊国をかつて滅ぼした―――王家の末裔なの」
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