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 するとそのとき、頭の中にエルゼの爽やかな笑顔が思い浮かぶ。

『――好きだよ』
『あなたのことは俺が幸せにする』
『ずっと一緒にいよう。ノルティマ』

 愛の言葉を囁かれ、手を繋いだり、抱き締められたりと――もしも彼が恋人だったらという妄想が、一瞬の内に脳裏を駆け巡り、はっと我に返る。

 頭をぶんぶんと横に振って、妄想をどこか遠くへ追いやる。

(わ、私ったら何を考えているのよ……! エルゼはまだ子どもで……はないのよね。大人の姿をした彼は……どんな感じなのかしら)

 エルゼは普段、成人男性の姿をしているらしいが、重症を負ったノルティマを治癒したためにその姿を維持できなくなった。

 つい見た目の印象に引っ張られて子どものように思ってしまうが、エルゼはノルティマよりもずっと成熟した大人なのだ。
 彼が成長した姿を想像して顔が赤くなったとき、少年の声によって意識が現実へと引き戻される。

「――じゃあ僕と結婚しようよ!」
「!」

 十歳ほどの少年からの突然の告白に、拍子抜けしてしまう。

「最近、父上と母上が縁談の話ばかりするんだ。僕、結婚するならノルティマ様がいいっ。きっと父上たちも納得してくれるはずだよ!」
「……………」

 それはどうだろう……と内心で思う。一応ノルティマは、ベルナール王国の王家の純粋な血を引く王女であり――元次期女王だ。
 彼の両親もノルティマの出自を知ったら、冷や汗を浮かべながら断ってくるだろう。

「ごめんなさいね。私はあなたと結婚できないの。私なんかよりずっと良い相手があなたには見つかるわ」
「えー、じゃあ大人になったらいい?」

(そういう問題では……)

 なかなか引き下がってくれずに、どう断って良いものかと頭を悩ませていると、上からこんな声が降ってきた。

「――残念。この人は俺のものだよ」

 聞き慣れた声に振り向くと、ソファの背もたれの後ろに立つエルゼが、ノルティマの腰を攫う。

 何百歳も年下の子どもを相手に、鋭い眼差しで牽制するエルゼ。
 それに、耳元で「俺のもの」と甘やかに囁かれ、ノルディマの顔が熱くなる。

「ノルティマ様は君のものじゃないよ! 君は誰なんだ? ノルティマ様から手を離せ!」
「そうだそうだ! 俺たちの方がずっと前からノルティマ様と友達なんだぞ!」
「私たちのものよ!」

 どうやら子どもたちは、目の前にいる自分たちと同じ年頃の少年がシャルディア王国国王だとは夢にも思っていないようだ。
 それこそ、子どもたちの両親が、我が子が国王を責め立てていると知ったら、冷や汗を流すだけでは済まされないだろう。

「俺はお前たちよりずっと前から、ノルティマのことを知っている」
「僕はひと月近く知ってる!」
「 八年だ」
「うぐぐ……」

 意地になって言い合っていると子どもたちの様子を見て、ノルティマは思わずふっと吹き出した。

「ふ……ははっ、あははっ……」
「「……………」」

 堪えられずに肩を震わせ、くふくふと笑う。淑女としてはしたないと分かっていても、エルゼたちの様子がおかしくて。
 目に溜まった涙を指で拭いながら言う。

「あぁ……おかしい。もう、みんなそんなことで喧嘩しないで。私はみんなのことが大好きよ」

 花が綻ぶようなノルティマの笑顔を目の当たりにし、求婚してきた少年とエルゼは、あまりの愛らしさにほのかに顔を赤らめる。そして彼らは思い出したかのように睨み合う。

「僕は君よりもノルティマ様のことが好きだよ」
「へぇ、言うな。だが俺はお前の比にならないほど、この人のことが――好きだ」

 はっきりとそう告げたエルゼは、ノルティマの手を握って立ち上がらせる。

「行こう、ノルティマ」
「え、ええっと……」

 子どもたちが、ノルティマを連れて行くなと抗議し始める。

「待て、彼女を連れて行くな!」
「泥棒!」

 先に誘ってくれたのはこの子どもたちなので、エルゼの話を断るべきか、このまま彼に付いて行くべきか考えあぐねていると、エルゼが子どもたちに告げた。

「お前たちは散々彼女に遊んでもらったんだろう? 次は俺が構ってもらう番だ」

 当然の権利であるかのように、上から目線で言ってふんと鼻を鳴らす彼。
 尊大な態度を取る謎の少年に、子どもたちは呆気に取られる。ノルティマは子どもたちに「また遊びましょうね」と申し訳なさそうに声をかけて、エルゼに手を引かれながら図書館を出るのだった。
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