【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ

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 その日の午後、大宮殿の図書館に本を返しに行こうと廊下を歩いていると、図書館から子どもたちが飛び出してきて、ノルティマのもとに駆け寄ってきた。

「ノルティマ様ーっ!」
「ノルティマ様、またご本を読んで! 一緒に遊ぼっ!」
「勉強を教えてください!」

 彼女たちは廷臣や貴族の令嬢令息たちだ。時々親と一緒に大宮殿を訪れ、社交のマナーを教わったり、互いに親交を深めている。

 あるときたまたま図書館に居合わせたノルティマが半日ほど構うとすっかり懐かれてしまい、それ以降は会うたびに本を読み聞かせたり、ちょっとした勉強に付き合ったりしている。彼女たちはノルティマのことを、自分たちと同じ貴族の娘だと思っているようだ。

 子どもたちはノルティマを囲い、服の裾をつんとつまんだり、腕を引っ張ったりして一生懸命に気を引こうとしてくる。

(かわいい……)

「ふふ、分かったわ。もう、そんなに引っ張らないで」
「「やったあっ!」」

 はしゃぐ子どもたちに連れられて図書館の中へ入る。借りていた本を返し、閲覧用の個室に彼らと一緒に入った。

 ソファにノルティマが腰を下ろし、子どもたちが毛先の長い絨毯の上に行儀よく座っている。
 ノルティマが本の内容を音読する間、彼女たちは真剣な眼差しでこちらを見ていた。ちなみにその本の内容は、上位精霊が美しい男の姿となり、虐げられていた姫を助けて恋に落ちるというもの。

(どこかで聞いたことがあるような、ないような話)

 ぺら……と本のページをめくったあと、ノルティマの形の良い唇が音を紡ぐ。

「それから、お姫様は男の唇に自分の唇を重ねて、神力を吹き込みました。怪我をした精霊が回復するには、神力が必要だからです」

 姫が上位精霊に口付けをしている挿絵を子どもたちに見せると、たちまち盛り上がりを見せる。

「わあっ、ちゅーしたーーっ!」
「ちゅーだ!」

 精霊の力の源である神力は譲渡することが可能だった。精霊同士だけではなく、精霊と人間の間でもでき、粘膜を触れ合わせることが条件となる。……そういえば、ノルティマが湖に落ちたときも、エルゼが口付けをしてくれたら身体が楽になって意識を手放したのだった。
 彼はきっと、酸素を送り込むだけではなく、自分の神力も一緒に注いでくれたのではないか。

(じゃあ、エルゼにも神力を譲渡すれば、元の姿に戻ることができる……?)

 ノルティマでは微力かもしれないが、枯渇した神力を回復させる足しにはなるかもしれない。とはいえ、自分から口付けをするのは、初心なノルティマには難易度が高すぎる。

「ノルティマはちゅーしたことある?」
「はえっ!?」

 思わぬ質問に、変な声が出てしまった。
 エルゼに口付けられた記憶が鮮明に思い出され、耳まで赤く染まっていく。ただの記憶に過ぎないのに、心臓が言うことを聞いてくれなくなって、どんどん加速していく。

「あははっ変な声! 顔真っ赤!」
「あるんだ、キスしたこと!」

 図星を突かれ、とうとうノルティマの頭から湯気がのぼり始める。

「あ、あれは救命行為で――っじゃなくて、大人をからかわないの。……もう」

 気を取り直して本読みを再開し、どうにか最後まで読み終える。

「――はい、おしまい。面白かった?」
「「面白かった!」」

 ぱたん、と本を閉じて傍に置くと、子どもたちから拍手を送られる。
 
 まだ十歳かそこらの子どもたちに恋の物語は早いかと思ったが、楽しんでもらえたようでよかった。
 純粋で無邪気な子どもたちの様子に、ほのぼのとした気分になる。母国にいた頃は、子どもたちとのんびり遊ぶような時間などなかったが、今はこうして癒しの時間を堪能している。

 それと、少年のひとりがこちらに言った。

「ねーねー、ノルティマ様は恋人がいるの?」
「いないわ」
「じゃあ好きな人は?」
「…………い、いないわ」

 まさか子どもたちから色恋の質問が飛んでくるとは思わず、戸惑うノルティマ。
 ヴィンスという婚約者はいたが、お互いに恋愛感情は一切なかった。貴族というのは、家族のために政略結婚するのがごく普通のことで、そこに愛がないのはよくある話だ。

 ノルティマは実は…… 一度も恋をしたことがない。

(……私にもいつか――好きな人ができるのかしら)
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