【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ

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(まさかエルゼが、シャルディア王国の王様だったなんて)

 シャルディア王国の王都。
 大宮殿の賓客室で目を覚ましたノルティマは、重厚なカーテンを開けた。窓ガラスにそっと片手を添えて景色を眺めつつ、小さく息を吐く。

 リュシアン・エルゼ・レイナード。それが現在の彼の名前だ。
 エルゼというのは、水の精霊国の精霊王としての名で、ミドルネームとして今は使っているのだという。

 シャルディア王国は精霊の血を引くレイナード家が、初代から何代にも渡って治めているとされていたが、実はたったひとりの精霊が名前を変えながら、王として君臨し続けていたというのだ。

 身分を打ち明けられて恐縮してしまったが、彼に今まで通りに接してほしいと切願されたので、変わらず『エルゼ』と呼び、慣れた話し方をしている。彼をそう呼ぶのはたぶん、ノルティマだけ。

『どうして国を作ろうと思ったの?』
『別に、国を作ろうとして作った訳でもないし、王になろうとしてなった訳でもないよ。自然と誰かが俺のことを王として崇めるようになり、自然と国ができていただけさ』
『し、自然と……?』
『そう。自然と』

 エルゼはまるでよくあることかのように軽い感じで言っていたが、生きている間にふたつの国の王になる人なんて他にはいないだろう。

 エルゼを王座に据えた廷臣たちはとうの昔に死に絶えており、彼は自分の正体が精霊であることを、ごく一部を除いて隠しながら、精霊の子孫という肩書きで生きているそうだ。

 そして、ノルティマにはふたつの選択肢が与えられた。

『食客になるかここで働くか……あなたはどっちがいい?』
『働きたいわ。助けてもらった上にこれ以上世話を焼いてもらうのは心苦しいの』
『俺としては、隠居したお年寄りみたいに、のんびり過ごしてほしいところだけどね。あなたならそう言うと思ったよ』
『それで、私は何をすればいいの? あなたのあ、あ、愛人……とか?』

 まさかエルゼに限って、ノルティマの奉仕を望むことはないだろうと思いつつも、一応確認しておかなくては。
 思わぬ問いに、エルゼは面食らう。そして、困ったように眉尻を下げた。

『俺がそんなことをあなたにさせると思った?』
『ち、違うの……っ。王様は大勢の妾を抱えるものだと聞くから……。エルゼが身体目当てだとか、そういうことが言いたいんじゃなくて……っ』

 エルゼが悲しそうにするので、疑うようなことをしたと、いたたまれなくなり、必死に弁明の言葉を探す。

『まぁ、お姉さんがそう望むなら、俺は応えられるように頑張るけど』
『……!? あ、あの……その……っ』

 ノルティマは思考がままならなくなってしまい、あわあわと目をさまよわせ、意味をなさない言葉を羅列する。そのうちに、どこかに隠れるための穴はないかと探し出す始末。
 耳まで真っ赤になり、湯気が出るほどのぼせ上がっているノルティマを見て、彼は吹き出しそうになるのを堪えた。

『ふ。冗談だよ。――精霊術師。ノルティマには、精霊術師になるための勉強をしてもらう』
『精霊術師……?』

 二週間前の回想から意識を引き戻したノルティマは、窓ガラスに重ねた自身の手の甲に視線を向ける。

(私が精霊術師になんて……なれるのかしら)

 精霊にすっかり見放されたベルナール王国と違い、精霊たちと共存するシャルディア王国には――精霊術師と呼ばれる者が数多くいる。
 彼らは体内の神力を精霊たちに与えることで不思議な力を借り、人々に恩恵をもたらすという。

 精霊術師に必要な素質である神力がノルティマにあること。
 八年ほど前、エルゼが一度ノルティマに会ったときに気づいたそうだ。

 ノルティマは賓客室で精霊術師にまつわる本を読んで勉強したり、時々部屋を訪れてくれる教師に教わったりしながら毎日を過ごしている。
 精霊術の勉強というのはあくまで建前で、実質的にはほとんど休暇のようなものだ。
 
(休むことに罪悪感を抱かないように、きっとエルゼが気を遣ってくれたのね。……優しい人。いや、優しい精霊?)

 朝の身支度を済ませ、本を読んでいると、一時間ほどして部屋がノックされた。

 コンコン。

「どうぞ」

 中へと促し、部屋へと入ってきたのは――レディス。彼はこの大宮殿に来たとき初めて会った文官の男で、精霊術師をしている。年齢は三十過ぎらしいが、もっと若く見えた。
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