【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ

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 エルゼの正体が、五百年前にアントワール王家が滅ぼした水の精霊国の王だったと分かった一週間後。
 ノルティマとエルゼはとうとう、シャルディア王国の国境付近に来ていた。

 シャルディア王国。世界でも有数の精霊信仰が根強い国家で、水源は豊かで様々な作物がすくすくと育つ大国だ。ベルナール王国より人口も国土も国力もはるかに大きく、発展しているという印象がある。

(どうしよう。早く言わなくてはならないのに……)

 この一週間、自分がアントワール王家の子孫であることをエルゼに打ち明けられないまま、時間だけが過ぎてしまった。

 荷馬車の荷台に揺られながら、意気地のない自分が情けなくなって下唇を噛む。ノルティマの葛藤を知らないエルゼは、爽やかな笑顔でこちらに言った。

「お姉さん、調子はどう? もうすぐ着くよ。あの門を通過した先がシャルディア王国だ」

 彼が指差した先を視線で追うと、石造りの大門が見えた。国境を管理する衛兵たちがいて、門を通過する人たちと何かを話している。

「あれ、検問所……」
「そうだよ。検問場を通らないと入国できない」

 入国するためには、身分を証明する書類と、入国許可証が必要になる。つい勢い任せでエルゼに着いてきてしまったものの、その身ひとつで飛び出してきたノルティマは当然そのようなものを持ち合わせていない。

 ノルティマは普通の家出少女ではなく、一国の次期女王だ。
 万が一、自分が失踪したベルナール王国の王太女だと知られたなら、すぐにアントワール王家に連絡が行ってしまうだろう。

 シャルディア王国に来る前に通過してきたふたつ小国は、入国管理が非常に甘く、簡単に通過することができたから油断していた。シャルディア王国は基本的に移民の受け入れには寛大だが、警備体制は二国より厳重のようだ。

「私……あの門を通ることができないわ」

 深刻な顔を浮かべてそう呟くと、エルゼも釣られたように同じような顔をする。

「ど、どうして? 何か問題でも?」
「身分を証明するものを何も持っていないの」
「ああ、何も心配しないで。俺がなんとかするから」
「……?」

 諭されたノルティマは心配しつつも、彼に任せて検問所の列に並ぶ。
 検問所では、武器や毒など危険なものの持ち込みがないか、体の隅々まで確認され、その後に身分証の提示を求められるようだった。

(本当に……大丈夫なの?)

 そしてついに、ノルティマとエルゼの番がやってきた。衛兵の男たちは、厳格な雰囲気がある。ノルティマのことを鋭い眼差しで見据えながら、強い口調で命じた。

「まずは身体検査を行う。両手を上げろ」
「は、はい」

 素直なノルティマが言われるがままに両手を上げようとすると、エルゼは「その必要はないよ」と制する。
 代わりに懐から何かの金の札を取り出してかざす。それを見た途端、衛兵ふたりはさあっと青ざめた。

「た、大変失礼いたしました……っ! どうぞこのままお通りください」

 先ほどまでの高圧的な態度が嘘のように、恭しく頭を下げてくる彼ら。その急変ぶりをノルティマは不思議に思った。

(エルゼは一体何を見せたの……?)
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