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しおりを挟むだから、エルゼの年齢のことも、それ以上詮索しようとするのはやめた。
「それより、ノルティマは『スターゲイジーパイ』って知ってる?」
「知らないわ。どんなパイなの?」
エルゼはブルーベリーパイをひと口分フォークに刺し、続けて言った。
「母国シャルディアの伝統的な家庭料理だよ。パイの表面に、ニシンとかの魚の頭が突き刺さったちょっと前衛的なパイで」
「うそ、魚が突き出ているの?」
「祝い事のときに食べるんだ。酒にも意外と合う」
「お酒……」
確か、シャルディア王国でお酒は成人してからでないと飲めなかったはず。
「あなたまさかお酒を飲むの?」
「あーいや、大人がそう言ってたんだ」
「本当?」
「うん。本当だよ」
ふわりと浮かべた爽やかな笑顔は、嘘をついているようにはとても見えず、ノルティマも納得するしかなかった。
星を見上げる魚、という意味でスターゲイジーパイと名付けられたらしい。全く想像もつかない料理だ。
「異国には不思議な料理があるのね」
「スターゲイジーパイにはこんな面白い都市伝説があってね、最後まで食べ切らないと、その日の夜に魚が化けて出るっていう……」
「ほ、ほんと……!?」
「まぁ嘘だけど」
「うそ」
一瞬騙されて、肝が冷えたではないか。少年のたわいもない嘘にまんまと引っかかってしまったのが悔しくて、むっとした表情を浮かべて彼のことを睨めつける。
「何、やっぱり魚が生えたパイがあるなんて嘘だったの? 私のことをからかったんでしょう」
「はは、ごめんなさい。むくれないで。ノルティマの反応がかわいくてからかいたくなるんだ。スターゲイジーパイが存在するのは本当だから。シャルディア王国に着いたら確かめてみて」
「もう。大人をからかうものではないのよ」
「本当にごめんなさい。許してくれる?」
甘えたような声で彼は、懇願してくる。その姿があまりにもかわいらしくて、押しに弱いノルティマには拒むという選択肢などなかった。
「……許さないもなにも、別に怒っていた訳じゃないわ」
「そっか、よかった」
心底安心したような彼の様子に、ノルティマは小さく息を吐く。
(なんだか、エルゼのいいように手のひらの上で転がされている感じがするような)
シャルディア王国までは、あとひとつの小国を越えなければならないので、まだ長い旅になるだろう。エルゼとは十日以上一緒に過ごしているが、彼は気さくでざっくばらんな性格をしているので、すぐに打ち解けることができた。
波長が合うのか、彼の傍にいるのは不思議と心地が良い。
そのとき、エルゼの口元にブルーベリーがついているのが目に止まった。
世話好きなノルティマはついつい放っておけなくて、ナプキンを持った片手を伸ばして、彼の口元をそっと拭ってやる。先ほど彼の手に触れたときの反省は、忘却の彼方だった。
「口にブルーベリー、ついているわよ」
「!」
ハンカチが口元に触れた直後、彼はびっくりしたようにわずかに肩を跳ねさせる。そして、ノルティマの細い手首を掴み、熱を帯びた瞳でこちらを射抜いた。
「ノルティマ。あんまり俺のことを――子ども扱いしないで」
そう言って今度はエルゼがこちらに手を伸ばし、ノルティマの頬に手を添えた。思ったよりも大きくて節ばった男の人の手の感触。
彼はノルティマの唇についたブルーベリーを、親指の腹でそっと唇の輪郭をなぞるかのように拭い、それを自分の口に含んだ。
「世話が焼けるのはお互い様だろう? 年上なんだからしっかりしてもらわないとね。――お姉さん?」
年下らしい殊勝な態度で『お姉さん』と呼んでみせる彼。子どもらしい一面を見せたかと思えば、急に大人っぽくなったり、この人はよく分からない。
まるで、間接的にキスをされたような気分になる。少年の中に色気を感じ、どきどきと心臓が早金を打つように加速していく。
(何これ、子ども相手にどきどきしたりして……)
騒がしい鼓動を治めようと胸を抑えてみたものの、ちっとも言うことを聞いてくれない。
ノルティマはのぼせ上がった顔を伏せ、「生意気」となけなしの反論を返すことしかできなかった。
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