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「このまま雨が降らなければ、それこそ甚大な被害が出るだろうな。ふた月雨が降らないと、各地の渇水が深刻になる。そうなれば民は王家に不満を向けるかもしれない。そして万が一、精霊の呪いの真実に気づかれれば、全民がアントワール王家へ反旗を翻すだろう。つまり、タイムリミットが刻一刻と迫っているということだ」

 エスターは慰霊碑を見下ろしながら、ごくんと喉を鳴らした。
 けれど、どうしてこの国に雨を降らせるために、エスターたったひとりが犠牲にならなくてはならないのか。

(そんなの……御免よ)

 手を口元に添え、瞳をしっとりと潤ませ、上目がちに彼のことを見つめる。こうしてかわいらしく甘えるエスターにヴィンスは滅法弱くて、なんでも言うことを聞いてくれる。

「でも……私にはとても無理よ。だって私は健康的なお姉様と違って、身体が弱いから……」
「それは嘘だろう?」
「えっ……?」

 ぎくり、と顔をしかめるエスターにヴィンスはやはりなと冷笑混じりに言った。
 礼拝に行かない口実に体調不良を使ってきたが、不審に思ったヴィンスは主治医にエスターの具合を確かめたという。

 そして、エスターの体調不良が嘘であることを知ったそうだ。
 なるほど、彼の様子がおかしかったのはそういう経緯があったという訳かと納得する。

「君は子どものときのように虚弱体質ではなくなっているそうだな」
「違っ」
「それなのに、主治医を脅して嘘の診断を書かせていた。俺や、女王陛下、王配殿下の気を引くために」
「違う、違う……」
「違わない、全て真実だ。俺たちは病弱なふりをする君の猿芝居に、ずっとずっと――騙されていたんだ」
「――だから違うって言ってるでしょ!!」

 エスターの叫び声が辺りに響き渡る。その声に、鳥たちが一斉に飛び立つ。

(ああもう、どうして思い通りに動いてくれないのよ。……イライラする)

 ヴィンスのことを睨みつけながらずいと迫る。そして、底冷えするような、低く冷たい声で言い放った。

「もう後戻りなんてできないのよ。今更自分だけ逃げようとしたって無駄。お姉様は――私たちが殺したの」
「…………っ」
「もし自分だけ逃げたら、ヴィンス様がお姉様にしたことも言いふらすから。『お前が死んでくれればいい』って言ったこととかね」

 自殺教唆をしたと世間に知られたら、ヴィンスの立場がなくなるだろう。もしかしたら大逆罪を問われて、その首とお別れしなくてはならないかもしれない。

 普段の純真無垢であどけないエスターにそぐわない、恐ろしい表情と声にヴィンスは萎縮し、背筋が粟立つのを感じた。

 エスターはにこっと恍惚とした笑みを浮かべて言う。

「私はね、いつも一番でいないと気が済まないの。ようやくお姉様が消えたから、ヴィンス様も、女王の座も手に入る……。ふふっ、私はみんなに愛されて誰より幸せな存在になるの!」

 ノルティマの捜索はとうとう中断され、死亡したことになった。きっともう生きてはいないだろう。

 何もかも自分のものになったと思うと、必死に堪えていなければ頬がつい緩んでしまいそうになる。
 エスターの愛らしい皮の奥に隠された、尋常ではない野心をありありと感じたヴィンスは、言葉を失っていた。

 愉悦に浸ってくつくつと肩を揺らすエスターだったが、その夢は――戴冠式で打ち砕かれることになる。
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