13 / 53
13
しおりを挟む「このまま雨が降らなければ、それこそ甚大な被害が出るだろうな。ふた月雨が降らないと、各地の渇水が深刻になる。そうなれば民は王家に不満を向けるかもしれない。そして万が一、精霊の呪いの真実に気づかれれば、全民がアントワール王家へ反旗を翻すだろう。つまり、タイムリミットが刻一刻と迫っているということだ」
エスターは慰霊碑を見下ろしながら、ごくんと喉を鳴らした。
けれど、どうしてこの国に雨を降らせるために、エスターたったひとりが犠牲にならなくてはならないのか。
(そんなの……御免よ)
手を口元に添え、瞳をしっとりと潤ませ、上目がちに彼のことを見つめる。こうしてかわいらしく甘えるエスターにヴィンスは滅法弱くて、なんでも言うことを聞いてくれる。
「でも……私にはとても無理よ。だって私は健康的なお姉様と違って、身体が弱いから……」
「それは嘘だろう?」
「えっ……?」
ぎくり、と顔をしかめるエスターにヴィンスはやはりなと冷笑混じりに言った。
礼拝に行かない口実に体調不良を使ってきたが、不審に思ったヴィンスは主治医にエスターの具合を確かめたという。
そして、エスターの体調不良が嘘であることを知ったそうだ。
なるほど、彼の様子がおかしかったのはそういう経緯があったという訳かと納得する。
「君は子どものときのように虚弱体質ではなくなっているそうだな」
「違っ」
「それなのに、主治医を脅して嘘の診断を書かせていた。俺や、女王陛下、王配殿下の気を引くために」
「違う、違う……」
「違わない、全て真実だ。俺たちは病弱なふりをする君の猿芝居に、ずっとずっと――騙されていたんだ」
「――だから違うって言ってるでしょ!!」
エスターの叫び声が辺りに響き渡る。その声に、鳥たちが一斉に飛び立つ。
(ああもう、どうして思い通りに動いてくれないのよ。……イライラする)
ヴィンスのことを睨みつけながらずいと迫る。そして、底冷えするような、低く冷たい声で言い放った。
「もう後戻りなんてできないのよ。今更自分だけ逃げようとしたって無駄。お姉様は――私たちが殺したの」
「…………っ」
「もし自分だけ逃げたら、ヴィンス様がお姉様にしたことも言いふらすから。『お前が死んでくれればいい』って言ったこととかね」
自殺教唆をしたと世間に知られたら、ヴィンスの立場がなくなるだろう。もしかしたら大逆罪を問われて、その首とお別れしなくてはならないかもしれない。
普段の純真無垢であどけないエスターにそぐわない、恐ろしい表情と声にヴィンスは萎縮し、背筋が粟立つのを感じた。
エスターはにこっと恍惚とした笑みを浮かべて言う。
「私はね、いつも一番でいないと気が済まないの。ようやくお姉様が消えたから、ヴィンス様も、女王の座も手に入る……。ふふっ、私はみんなに愛されて誰より幸せな存在になるの!」
ノルティマの捜索はとうとう中断され、死亡したことになった。きっともう生きてはいないだろう。
何もかも自分のものになったと思うと、必死に堪えていなければ頬がつい緩んでしまいそうになる。
エスターの愛らしい皮の奥に隠された、尋常ではない野心をありありと感じたヴィンスは、言葉を失っていた。
愉悦に浸ってくつくつと肩を揺らすエスターだったが、その夢は――戴冠式で打ち砕かれることになる。
3,935
お気に入りに追加
4,944
あなたにおすすめの小説
白い結婚がいたたまれないので離縁を申し出たのですが……。
蓮実 アラタ
恋愛
その日、ティアラは夫に告げた。
「旦那様、私と離縁してくださいませんか?」
王命により政略結婚をしたティアラとオルドフ。
形だけの夫婦となった二人は互いに交わることはなかった。
お飾りの妻でいることに疲れてしまったティアラは、この関係を終わらせることを決意し、夫に離縁を申し出た。
しかしオルドフは、それを絶対に了承しないと言い出して……。
純情拗らせ夫と比較的クール妻のすれ違い純愛物語……のはず。
※小説家になろう様にも掲載しています。
貴方を捨てるのにこれ以上の理由が必要ですか?
蓮実 アラタ
恋愛
「リズが俺の子を身ごもった」
ある日、夫であるレンヴォルトにそう告げられたリディス。
リズは彼女の一番の親友で、その親友と夫が関係を持っていたことも十分ショックだったが、レンヴォルトはさらに衝撃的な言葉を放つ。
「できれば子どもを産ませて、引き取りたい」
結婚して五年、二人の間に子どもは生まれておらず、伯爵家当主であるレンヴォルトにはいずれ後継者が必要だった。
愛していた相手から裏切り同然の仕打ちを受けたリディスはこの瞬間からレンヴォルトとの離縁を決意。
これからは自分の幸せのために生きると決意した。
そんなリディスの元に隣国からの使者が訪れる。
「迎えに来たよ、リディス」
交わされた幼い日の約束を果たしに来たという幼馴染のユルドは隣国で騎士になっていた。
裏切られ傷ついたリディスが幼馴染の騎士に溺愛されていくまでのお話。
※完結まで書いた短編集消化のための投稿。
小説家になろう様にも掲載しています。アルファポリス先行。
一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!
ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。
貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。
実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。
嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。
そして告げられたのは。
「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」
理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。
…はずだったが。
「やった!自由だ!」
夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。
これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが…
これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。
生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。
縁を切ったはずが…
「生活費を負担してちょうだい」
「可愛い妹の為でしょ?」
手のひらを返すのだった。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
「だから結婚は君としただろう?」
イチイ アキラ
恋愛
ホンス伯爵家にはプリシラとリリアラという二人の娘がいた。
黒髪に茶色の瞳の地味なプリシラと、金髪で明るい色彩なリリアラ。両親は妹のリリアラを贔屓していた。
救いは、祖父母伯爵は孫をどちらも愛していたこと。大事にしていた…のに。
プリシラは幼い頃より互いに慕い合うアンドリューと結婚し、ホンス伯爵家を継ぐことになっていた。
それを。
あと一ヶ月後には結婚式を行うことになっていたある夜。
アンドリューの寝台に一糸まとわぬリリアラの姿があった。リリアラは、彼女も慕っていたアンドリューとプリシラが結婚するのが気に入らなかったのだ。自分は格下の子爵家に嫁がねばならないのに、姉は美しいアンドリューと結婚して伯爵家も手に入れるだなんて。
…そうして。リリアラは見事に伯爵家もアンドリューも手に入れた。
けれどアンドリューは改めての初夜の夜に告げる。
「君を愛することはない」
と。
わがまま妹に寝取られた物語ですが、寝取られた男性がそのまま流されないお話。そんなことしたら幸せになれるはずがないお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる