【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ

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 その日の夜、エスターはヴィンスとアナスタシアとともに、精霊の慰霊碑の前に来ていた。黒い輪郭が浮かび上がった木々が不気味に唸り、夜空の星が炯々と光を放っている。

 アナスタシアに礼拝の手順を教えてもらい、慰霊碑の前に両膝をつく。礼拝の際には黒の装いをすることが決まっているため、エスターは黒いドレスを身にまとってきた。
 普段はピンクや黄色など明るくて愛らしい色のドレスを好んで着るので、この地味な黒いドレスは気に入らない。

(どうせなら、もっとかわいいドレスを着たかった)

 エスターが眉をひそめていると、ヴィンスとアナスタシアは礼拝のことを不安がっているのだ捉えたらしく、こちらを心配そうに見つめた。そして、ヴィンスが尋ねてくる。

「本当に大丈夫か……?」
「ふふ、ヴィンス様は過保護ね。お姉様がずっとできていたんだから、私も平気よ」

 ヴィンスやアナスタシアの心配をよそに、すっかり高をくくっていたエスターは、そっと目を閉じて手を組み、おもむろに呟く。

「……鎮まりたまえ」

 それっぽい祈りを捧げ始めた刹那、ずどんっと頭に雷が落ちたような衝撃が走った。辛いとか苦しいとか、そんな言葉で表現できるような生易しいものではない。頭からつま先まで、四方から引き裂かれるような鋭い痛みが、絶え間なく襲ってくる。

 エスターは病弱でよく床に伏せることがあったが、これほどの痛みを受けたことはなかった。

「ぁあっ……ぅ……ああっ、痛い痛い痛い……!」
「「エスターッ!」」

 エスターは転がるように倒れ、芝生を強く握り締めた。エスターにむしられた芝生がぱらぱらと地面に舞い落ちていく。どうにか苦痛を和らげようと、手に力を込める。綺麗に整えられた爪の間に土が入っても、それに構う余裕などなかった。

「こんなの、耐えられないっ。お母様、止めて……! 助けて!」
「それはできないのよ、エスター……! 一度痛み始めたらしばらくは治まらないの。どうにか辛抱してちょうだい。全ては王家の地位を守るためなのよ……!」
「うそっ……痛い、痛い……っひぐ」

 ヴィンスとアナスタシアに背を擦られながら、痛い、痛い、とのたうち回る。

 泣いても叫んでも苦しみから誰も救い出してはくれず、ようやく三十分ほどして苦痛が治まったとき、エスターの愛らしい顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、髪や衣装もぼろぼろに乱れてしまっていた。

 精霊の呪いの威力を身をもって思い知り、愕然とする。

(こんなものをお姉さまは何年も耐え続けていたの……!? 正気じゃないわ、こんなの気がおかしくなる。私には――とても耐えられない……)

 心の中で、死んでいるかもしれない姉を思い浮かべ、切願する。

(やっぱりお姉様、帰ってきて……!)

 一度きりの礼拝がすっかりトラウマになったエスターは、この日から体調不良を口実にして――礼拝に一切行かなくなった。

 そして、ベルナール王国には雨が全く降らなくなったのである。
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