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「ん……」

 次にノルティマが目を覚ましたとき、馬車の荷台の上にいた。がたがたと砂利道を走る揺れに気づき、瞼を持ち上げて半身を起こす。
 そして、照りつける朝の陽光の眩しさに目を眇めた。

(どうして、馬車に……?)

 ゆっくりと視線を落として手のひらを見つめる。かなりの高所から湖に転落し、体中の骨が折れたはずなのにどこにも痛みがない。だが服はびっしょりと濡れており、湖に落ちたのは夢ではなかったと実感する。
 不思議に思って首を傾げたそのとき、後ろから声がした。

「あ、気がついたみたいだね」
「!」

 爽やかな声を聞き振り返れば、そこには十三歳くらいの少年が立て膝で座っていた。
 輝く稲穂を編み込んだような繊細な金色の短い髪に金色の瞳をした、飄々とした雰囲気の子ども。形の良い唇は扇の弧を描いているが、その笑顔はどこか掴みどころがない。

「あなたは……?」
「俺はエルゼ。朝リノール湖を散歩してたら、あなたが岸に倒れているのを見かけてね。そのまま放っておく訳にもいかないから、連れて来たんだよ」

 この荷馬車はどうやら、国境に向かっているらしい。岸に運んでくれたのは長髪の成人男性だった。髪と瞳の色、それに声もどことなくエルゼと似ている気がするが、エルゼはまだ子どもだ。
 
(助けてくれたあの人は、一体どこに行ってしまったのかしら。まだ、お礼も言えていないわ)

 エルゼは座ったまま頬杖をつき、澄んだ瞳でこちらを見据えて言った。

「お姉さんの名前は? どうしてあんな場所で倒れてたの?」
「私は……ノルティマ。あの場所にいたのは、えっと……」

 どう説明したものか。正直に死のうとして崖から湖に飛び降りたと言う訳にもいかず、あちらこちらに視線をさまよわせ、言い淀んでいると、エルゼはふっと小さく笑った。

「話したくないなら無理をする必要はないよ。人には言えない秘密のひとつやふたつ、あるものだからね」

 子どもの割に妙に達観した様子の彼は、頭の後ろで手を組みながら、伏し目がち言った。

「俺にも秘密があるよ。例えば、たった一度親切にしてもらった相手のことを、忘れられずにいるとかね」

 その表情は子どもにそぐわないもので、澄んだ瞳の中にほんのりとした大人の甘さと色気が宿っている。

「へえ。初恋の人とか?」
「――内緒」

 エルゼはにこっと笑い、人差し指を唇の前に立てた。
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