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しおりを挟むジョシュアは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったこちらの顔をハンカチで拭い、子どもをあやすように背中を擦るのだった。
泣きやんだところで詳しい話を聞くと、ルセーネは魔力が枯渇して倒れ、一週間も眠り続けていたらしい。
ヘルモルト伯爵家にルセーネが倒れたことを伝えると、明らかに煩わしそうな反応だったため、公爵家で療養されさせることを申し出たらしい。
「ルセーネ。お前はあの家でもしかして……ひどい扱いを受けていたりするか? 答えたくなければ言わなくていい」
「お気遣いありがとうございます。あの家で住み込みで働き始めてからずっとなので、もう慣れました」
ふたり掛けのソファに座り、メイドに出してもらったお菓子を食べつつジョシュアと話をする。隣に座る彼が、不思議そうに尋ねる。
「どうして家を出ない? 召使いの仕事を辞めて、第一師団の宿舎に住んだ方が、ずっと楽なんじゃないか?」
「実は……理由が、あって」
王国騎士団の給与は、ひとりで暮らしていくのに十分なだけ与えられる。ヘルモルト伯爵家にいたら、半額取り上げられてしまうので、あの家を出た方がよっぽどいいのは分かっている。
ルセーネは手に持っていたクッキーを皿の上に置き、ジョシュアの方を振り向く。
「ずっと……誰にも話せずに、悩んでいたことがあるんです」
「無理に打ち明けろとは言わないが、もし俺に話して少しでも気が楽になるならそうするといい。力になれることなら何でも協力する」
「何でも……?」
「ああ。困ったときはお互い様だ」
彼の言葉がとても頼もしく思えた。
ルセーネの悩みとは、ヘルモルト伯爵家の屋根裏部屋に住み着いている――祖父の顔をした魔物のこと。
その魔物のことがどうしても倒せず、ほったらかしにするわけにもいかず、ヘルモルト伯爵家から出られないのだと打ち明ける。
「どんな姿形をしていようと魔物は魔物。人に害を成す前に駆除すべき……と言うのが、悪いが俺の意見だな。だが、お前の気持ちもよく分かる」
「早く倒さなきゃいけないって、分かっていました。でもおじいちゃんの顔を見ると……どうしても倒す気になれなくて」
魔物は魔素を糧に生まれるが、魔素は自然の力で発生するものと、人の負の感情から発生するものの二通りがある。あの魔物に祖父の信念が入っているかと思うと、ルセーネには倒せない。
スカートは握り締め、しばしの逡巡の末に言う。
「私の代わりに……あの魔物を倒してくれませんか」
ルセーネが見たところ、あの魔物は下級以下のレベル。
ジョシュアにとっては、造作もない対象だろう。
「――分かった」
ジョシュアはそうひと言答え、ルセーネの頭をぽんと撫でた。できるだけ早く、ヘルモルト伯爵家に手紙を送って許可を取ってから訪れると付け加えて。
すると、先ほどまでルセーネが寝かされていた寝台の横に、イーゼルと真っ白なキャンパスが置いてあるのが目に止まった。それだけではなく、絵の具や筆等の画材道具が一式揃えてあるようだった。
「ジョシュア様。……あの、あれは?」
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