【完結】人生を諦めていましたが、今度こそ幸せになってみせます。

曽根原ツタ

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「まぁ……私に相談?」

 セシリアはおっとりと小首を傾げたあと、なんとあっさりと承諾した。
 侍女たちは、よく知りもしない相手とふたりきりになるのは危険だと訴えたが、セシリアは穏やかにそれを跳ね除けて。

 王妃の私室にふたりきりになったところで、ルセーネはこれまでの経緯を洗いざらい打ち明けた。
 両親はおらず、祖父とふたりで暮らしていたが、ある日退魔師に捕まり、龍の魔物を封印するための生贄になったこと。そこで七年間を孤独に過ごし、ジョシュアに救われたこと。

 そして、地下に閉じ込めていた肝心要の魔物は、ジョシュアが仕留め損ねて、彼に死の呪いをかけたまま逃げてしまったのだと。

「――つまり、ダニエルソン公爵を救うために、私に王国騎士団を動かしてほしい……ということね?」
「……はい」

 ルセーネがこくんと頷くと、彼女は優しく目を細めた。

「分かったわ。すぐにそのように手配しましょう」
「ええっ!? よろしいんですか!?」
「ダニエルソン公爵は、この国にとって必要な方だもの。それになんだかね、あなたのお願いは聞いてあげたくなって」

 そのとき、彼女の微笑みに寂しさがあ乗った。
 セシリアは、連れ去られた娘について話し始めた。グレイシーは現在、この国唯一の王女だが、彼女はセシリアの血を分けた実の娘ではなく、拾い子だった。本物の娘が生まれてまもなく攫われ、その直後に王宮の前に捨てられていた。

「娘は生まれてすぐに、連れ去られてしまったの。今見つかっていないし、生きているのかさえ……分からない」
「きっと、生きています!」

 悲しそうにしている彼女を励ましたくて、ルセーネは身を乗り出すように立ち上がり、強い語気で言う。

「私は……そう信じたいです。だって、こんなに優しいお母さんを残して死ねないはずだもの……」

 セシリアに涙を拭ってもらったときに、自分もこんな母親がいたらいいのに、と思った。ルセーネは父親や母親の愛情を知らずに育ったから。その代わりに、祖父がめいっぱい愛を注ぎ、可愛がってくれたのだけれど。

「あらあら。私のことを励ましてくへたの? ありがとう。娘が生きていたら、ちょうどあなたと同じくらいの年頃のはずだわ。あの子も紫色の髪に紫色の瞳をしていてね。ねぇ、あなたは孤児なのよね? もしよければ……背中を見せてくれない?」
「背中……ですか?」
「ええ。娘は生まれつき背中に痣があったの。その形を私はよく覚えているわ」

 彼女は行方知らずの娘を見つけるために、しばしば孤児院や修道院を訪ねて、背中を見せるように言っているそうだ。ルセーネはこくんと素直に頷き、ボタンを外して背中を晒した。

「……!」

 セシリアはルセーネの背中を見て、目を見開く。そこには、赤子のときと変わらない、星のような形をした痣が残っていたから。

「ルセフィアネ……」
「! どうして私の名前をご存知なんですか?」

 くるりと振り返り、セシリアの顔を見上げる。

「昔……おじいちゃんに教えられたことがあるんです。私の本当の名前は、ルセフィアネだと。でも、他の人には言わずに隠しておけって……」

 ――ガシャン。そのとき、よろめいたセシリアの手が、テーブルのティーカップにぶつかり、床に転がり落ちる。陶器が割れる音が部屋に響いたのと同時に、部屋の外から侍女たちがいそいで入ってきた。

「セシリア様! 今の音は一体なんですか!?」

 一方のセシリアは、侍女の問いを無視してよろよろと立ち上がり、こちらに歩いてきた。ルセーネの両肩に手を置き、青白い顔で尋ねてくる。

「あなたのおじいさんの名前は!?」
「ゼリトンです。ゼリトン・ロートリモン」
「あぁ……なんてこと。ゼリトン。よく知っている男だわ」

 その刹那、彼女の瞳から静かに涙が零れる。突然泣き出したセシリアに、ルセーネも侍女たちも当惑していると、セシリアはルセーネをぎゅっと上から抱き締めた。

「ずっと、ずっと会いたかったわ。私の可愛い娘……っ」
「お、王妃、様……?」

 彼女は確信を持ってルセーネのことを娘と呼ぶが、理解できずに頭に疑問符を浮かべる。
 けれど、彼女の腕の中は温かくて、優しい香りがして心地が良い。

 セシリアはそっと腕からルセーネを解放する。

「ゼリトンは昔、王宮で下働きをしていた男よ。背は高くほっそりしていて、頬に傷痕があるでしょう?」
「は、はい。右の頬に」
「間違いないわ。あの男が……あなたを、ルセフィアネを誘拐したのよ……!」

 セシリアの娘をさらった犯人はずっと、分からないままだった。しかし、王女ルセフィアネの失踪とともに、王宮から忽然と姿を消したゼリトンは疑いを持たれて、捜索されていた。

 ルセーネが祖父と過ごしていたデルム村は、山奥の小さな村だったので、見つからなかったのも納得できる。

(おじいちゃんが誘拐犯……? 違う、そんなはずない。おじいちゃんは、誰かの子どもを攫ったりなんかしない……)

 しかし、時折祖父がルセーネを見ながら申し訳なさそうな顔をし、謝罪をしてきたことを思い出す。

 わずかな心当たりに目を泳がせ、動揺をあらわにするルセーネ。
 一方のセシリアは、すっかり感極まっていて、泣きながらルセーネの頬を確かめるように何度も撫でてくるのだった。
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