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しおりを挟む医務室に入ると、スルギが白い寝台で眠っていた。医者の姿はない。勝手に入って怒られはしないだろうか。
先にジョシュアに許可を取っておけばよかったと思いながらそっと寝台に近づくと、スルギが突然目を覚まして半身を起こした。
ルセーネは萎縮しながら尋ねる。
「……! お、お身体の具合はいかがですか? どこか痛いところはありますか!?」
「おいチビ」
「はっはいチビです!」
ド新人のくせに負かせたことで、彼の不興を買ったに違いない。
「お前さ――」
きっとどやされ責められるのだと覚悟し、固唾を飲んだ次の瞬間、スルギにわしゃわしゃと髪をかき撫でられた。
突然の出来事に理解が追いつかず、頭に疑問符ばかりが浮かぶ。
「お前、やるじゃん! まじでビビったわ。何だよあの力、すげー強いのな」
「え、え……っ?」
「お前、ちっこくて弱そうだし、第一師団には向いてないんじゃねーかって見くびってたんだ。師団長に取り入って運良く入れただけなら、早々に根を上げるだろ?」
「じゃあ、嫌がらせを放任して、私が師団長推薦だということを黙っていたのは……?」
「試してたってことだ」
今まで一度もルセーネに見せたことがなかった爽やかな笑顔を浮かべる彼。
第一師団でやっていくのは甘くないということを、第一線で活躍するスルギはよく知っていた。だから、第一師団の中でどう過ごすか、すぐに諦めたりしないか見ていたのだ。
「雑用押し付けられてもへらへらしてるし、あれだけ邪険にされて全然めげないところはすごいわ。まさか、実力で負かされるとは思わなかったけどな。師団長が見込んだだけはある。お前はそんなに聖騎士になりたいのか?」
「聖騎士になりたいというより……もっと沢山の人のお役に立ちたいんです」
「ははっ、良い志だな」
「あの……じゃあ、怒っていませんか?」
スルギはふっと小さく笑い、寝台の手すりに腕をかけてこちらを覗き込む。
「勝負に負けたからって、怒ったりする訳ないだろ? それにあれは、トドメを刺さなかった俺の情けによる勝利だ。次は負けない。あんま自惚れんな?」
からかうように頬を抓られて、手で抑えるルセーネ。
スルギは爽やかな笑みを湛えたまま、他の隊員たちにも、今後はルセーネに雑用を押し付けたり嫌味を言ったりしないように注意すると誓った。稽古にも参加させてくれるそうだ。
「困ったことがあればいつでも俺を頼れ。歓迎するよ。100年にひとりの魔術師さん?」
「はい! ありがとうございます……!」
入団してようやく、自分の存在が認められ、ルセーネはすごく嬉しかった。
◇◇◇
その日からルセーネは、雑用係ではなく、訓練に参加させてもらえるようになった。ルセーネのためだけの特別な指導が行われることはなく、聖騎士と一緒に剣の稽古をした。
魔物と戦うなら、剣の腕を磨くに越したことはだろう。
稽古場に、キンッキンッ……と剣身が擦れる音が響く。
「ルセーネ。お前は軟体動物かなんか?」
「人間ですけど--ふにゃっ!?」
スルギの一撃を受け止めたルセーネが、どてんと後ろに尻餅を着き、剣を手放す。
「全身骨がないみたいにふにゃっふにゃだ。退魔師は諦めて海に還ったらどうだ?」
「軟体動物じゃないですってば!」
ルセーネはむっと頬を膨らませて、もう一度剣を握って立ち上がり、スルギに向かって突進していく。
ルセーネの斬撃をあしらった彼は、「軽すぎるな」と笑った。
剣の訓練を受け頑張ってはいるが、素質がないのか、なかなか上達しなかった。そもそも、女性には元々の体格的なハンデが大きい。
しかしスルギは懲りずに教えてくれている。
ルセーネが剣に緑色の炎をまとわせると、聖騎士たちは物珍しそうに眺めた。
隊長であるスルギがルセーネの世話を焼くことで、隊の中でルセーネを軽視する風潮は小さくなっていき、表面上は気さくに接してくれるようになった。
聖騎士たちはともに死線をくぐってきているだけあり、基本的に団結力が強いようだった。それでも、女性であり、剣の才能に恵まれないルセーネへの差別意識が、完全に消えたとは言えない。
「見ろよ。またスルギ隊長がチビちゃんをからかってるぞ」
そんな噂話が耳を掠めたそのときだった。訓練場にサイレンの音が鳴り響き、隊員たちがいそいで支度を整え始めた。
「ほらおチビ! ぼさっとしてないでお前も準備しろ!」
「は、はい!」
初めての魔物討伐に緊張しつつ、ルセーネも支度を整えて他の聖騎士たちとともに出発した。
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