【完結】人生を諦めていましたが、今度こそ幸せになってみせます。

曽根原ツタ

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 第一師団に魔術師として所属するようになってから二週間。ルセーネは早くも苦節の毎日を送っていた。

「おいチビ! こっちにも水持ってこい!」
「はい! すぐに速やかにただちに参ります!」

 訓練の休憩中に、聖騎士たちに水を配り歩く。この二週間、ルセーネは一度も訓練に参加させてもらっていない。

 王国騎士団所属の聖騎士は、何万人もいる志望者の中から、毎年千人しか選ばれない難関だ。それに、女性の数はほとんどいないに等しく、ルセーネはまだひとりも見ていない。

 男性ばかりで構成される第一師団に、突然剣も扱えない非力な娘が入団するとなれば、反感を持つのも当たり前である。彼らはルセーネのことを仲間とは認めず、使いっ走りにした。

「どうぞ。こちらが水です!」
「見れば分かる」

 聖騎士のひとりに水を差し出すと、乱暴な手つきで奪われる。ぐぐっと水を喉に流し込みながら、蔑むような視線でこちらを見下ろす彼。

「いいよな。そうやって水を配り歩いてるだけで給料がもらえんだろ?」
「まるで泥棒だな」
「ははっ、そうだそうだ」

 男たちの言葉に、どっと笑いが起こるのを、ルセーネはへらへらと苦笑を浮かべて聞き流した。
 ヘルモルト伯爵家で陰湿ないじめに遭っているせいで、こういう意地悪を言われることには慣れている。

 ルセーネは一応聖騎士という肩書きでの所属になるのだが、一度も魔力を見せる機会は与えてもらえておらず、聖騎士たちに侮られている。

 第一師団は更に、五つの部隊に分かれており、一番隊から五番隊まで存在しており、どれも退魔におけるスペシャリスト聖騎士だけで構成される。

 休憩時間が終わり、再び訓練が再開するが、ルセーネは雑用を押し付けられた。汗を拭うためのタオルの洗濯に、訓練場の掃除など、ヘルモルト家でしている仕事と変わらない。

(私……なにやってるんだろ)

 訓練場の窓を雑巾で磨きながら、ぼんやりと空を仰ぎ見る。雲ひとつない空に、何羽かの鳥が羽ばたいていた。
 せっかく自分の力を、世のため人のために役立てられると思ってここに来たのに、ヘルモルト家にいたころと何も変わらないではないか。

 するとそのとき、後ろからとんっと肩を叩かれ、聞き慣れた声が降ってきた。

「ルセーネ。そんな辛気臭い顔して、せっかく可愛い顔が台無しよ」
「ナジュ……様」

 燃えるような赤髪をなびかせ、優美に話しかけてきたのはナジュだった。騎士服は彼のためにスカートになっていて、歩きにくそうなヒールを履いている。彼は男性だが、その容貌はやはり、性別不詳感がある。

 ナジュの登場に、聖騎士たちは皆稽古の手を止めて敬礼する。

「副師団長! お疲れ様です!」

 ナジュは稽古場全体を見回してから彼らに言う。

「どうして期待の新人ちゃんひとりだけ窓拭きをさせられてるのかしら?」

 彼女はいつもと変わらない笑顔を浮かべているが、瞳は鋭さを帯びている。聖騎士のひとりが恐る恐る答える。

「し、新人はまず、組織の仕組みを理解していくために雑用をいたします。それは彼女に限った話ではございません」
「あら。あたしが新人のときは稽古もさせてもらったわ。ルセーネは朝も昼も雑用を押し付けられてるって聞いたけど?」

 聖騎士は人数が少なく、本来ならば、実践のために早く実力を伸ばさなければならない。

「ですが……その娘はただの素人。話によると剣を握ったこともないそうですね。そんな者を稽古に参加させれば、周りの足を引っ張ることになるだけです」

 その言葉が口火を切り、他の男たちが次々にルセーネへの不満を言った。

「魔物討伐は命懸けなんです! 生半可な覚悟で、剣も握ったことのないような非力な女が、我々とともに戦うなど納得できません!」
「彼女がいるだけで、我々の士気が下がります!」

 そうだそうだと皆が頷き、訓練場にざわめきが広がっていく。

「――お黙り!」

 しん……。ナジュのひと言で、一瞬で静まり返る。彼の表情に威圧が乗ると、やはり男性的な迫力があった。
 彼は聖騎士たちの訴えをぴしゃりと跳ね除けた。

「ルセーネは他でもない師団長の推挙でここにいる。あんたたちの不満は――つまりジョシュア・ダニエルソンの判断への批判と取るわよ」

 ジョシュアの名前を聞いた男たちは、顔を見合せあい、ざわざわと困惑を示し出した。
 その反応を見るに、ルセーネの後ろ盾にジョシュアがいることを知らなかったようだ。

「彼女は剣が使えなくても戦える。聖騎士とは違う、魔術師なんだから」
「「魔術師……?」」

 聖騎士たちのきょとんとした顔を見て、ナジュは首を傾げる。

「あら、あんたたちはまだ何も聞かされてないの? この子は肩書きは聖騎士だけど、剣を使わずに魔物を倒せるの。この国において100年ぶりに誕生した魔術師なのよ。全く、スルギったら肝心なこと黙ってたのね!?」

 するとそのとき、ルセーネが所属する一番隊の隊長、スルギが現れた。彼は黒髪のまだ若い男で、家柄も能力も優れ、入団して異例の若さで昇進し、隊長に選ばれた。入団試験のときには首席を取ったとか。

「魔術師だか詐欺師だか知りませんけど、俺は認めないっすよ。こんなチビ。足でまといはこの一番隊には不要です。他の隊に回してください、副師団長」

 スルギは特に、ジョシュアの鶴の一声で入団したルセーネのことが気に入らないらしく、肝心な情報を伏せ、他の聖騎士たちがルセーネに幼稚な嫌がらせをするのも放任していた。

「足でまといかどうかは、実力を見てから言いなさい。ルセーネはあんたより強いわよ」
「えええっ!?」

 そこで声を上げたのは――ルセーネだった。
 頭も手もぶんぶんと横に振りまくる。
 適当なことを言ってくれるが、ルセーネが剣を握ったことのない素人で、神力すらからっきしなのは事実。

 しかし、ナジュの指示で正方形の試合コートが用意されていく。模擬剣を与えられ、喉の奥がひゅっと鳴る。

(剣の練習なんて一度もしてないのに、ナジュ様は本気で私を戦わせるつもりなの……? いやいや、でもここで逃げたら、今度こそ役立たずの烙印を押されちゃう)

 ルセーネが狼狽え、小刻みに震える横で、スルギは冷めた顔でこちらを一瞥した。

「やっぱり怖気ずいてんじゃねーか。結局お前は役に立たないんだよ」
「…………」

 するとナジュは、コートの枠に出るか、戦闘不能になったら負けだと説明した。そして、どんな方法を使ってもいいと。つまり、ルセーネの魔炎も許可されたということ。

「やりたくない? ルセーネ。あんたが拒むなら無理にとは言わないけど」
「やります。私……一生懸命頑張ります!」
「ふ。頑張りなさい」

 スルギは剣を構え、こちらを見据えて言う。

「女だからって手加減する気はねーから。打ちどころが悪くて死んだとしても恨むなよ。殺すつもりでかかって来い!」
「ひえっ……」

 目が本気で「殺す」と言っているようで、背中に冷たいものが流れる。けれど、負けじとルセーネも睨みつける。

「わ、私だって負けませんから……!」

 むぅっと頬を膨らませた顔がなんとも弱そうで、スルギも毒気を抜かれる。しかし、すぐに気を取り直してこちらを睨めつけてきた。

「魔術師って……あの伝説上の? 空を飛んだりするやつか?」
「さ、さあ……。よく分からないけど、スルギ隊長に敵うはずないだろ。あのチビ、震えてるけど大丈夫か? まともに剣を受けたら軽い怪我じゃ済まされないぞ」
「今からでも止めるか……?」
「でも副師団長の指示だしな……」

 聖騎士たちは皆、ルセーネを心配していた。仲間として認めてはいなくても、聖騎士である彼らは根は悪人ではないのだろう。
 そして、誰ひとりとして、ルセーネが勝つとは思っていない。

「ルセーネ。手加減しちゃダメよ。――始め!」

 ナジュがぱんっと手を叩いたのと同時に、スルギが剣を構えてこちらに踏み込んで来た。

「あっ!?」

 彼の一振りで、ルセーネの剣は場外に弾き飛ばされる。それを見送るように振り向こうとした瞬間には、ルセーネの首筋に剣先が突きつけられていた。彼の瞳には明らかな失望が滲んでいる。

「やっぱりよえーじゃん。お前」
「……どっちかが場外に出るか、戦闘不能になるまで、終わりじゃないんですよね」

 ルセーネが彼の剣身を片手で握ると、緑色の炎が一瞬にして剣を燃やし、塵にした。

「へ……?」

 黒い残滓がゆらゆらと地面に降り注いだのと同時に、ルセーネはスルギの懐に入り込んで――とんっとお腹に触った。

(この力を人を苦しめるために使いたくなかったけど……。見くびられたままじゃ嫌)

 ルセーネはその瞬間に自分の魔力を流し込んだ。

 その直後、スルギは全身を緑色の炎に包まれて、その場に倒れて悶え苦しみ、悶え苦しみ出したのである。
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