上 下
30 / 31

30

しおりを挟む
 
 ペトロニラは国外の山奥の修道院に送られ、閉鎖的で禁欲的な生活を強いられていた。毎日つまらない祈りばかりさせられ、掃除や洗濯、料理などの家事をして過ごしている。
 修道院には贅沢な食事も、綺麗なドレスも、甘やかしてくれる家族もいない。身の回りのことをしてくれる召使いも。

(早く……お姉様のところに行かなきゃ。そして、プレイヤーの座を取り戻すの。早く、早く……!)

 いつも修道院から逃げ出すことばかり考えている。ルサレテの元に行き、もう一度一緒に高いところから落ちれば、自分が乙女ゲーム転生プログラムの被験者に戻れるはずだ。そうなれば、ゲームの力を借りて、攻略対象たちの心もすぐに取り戻せる。

 ずっとゲームのポイント貯めと攻略だけに人生を捧げてきた。夢中になり、依存していた。イケメンに愛し尽くされる自分の理想通りの世界を作りたくて。
 それなのに、今こうして修道院まで追いやられたのは全部……ルサレテのせいだ。彼女が、プレイヤーの座を奪ったから。

 ペトロニラは祈りの途中で礼拝堂から抜け出して、建物の外へ走った。

「シスター! またペトロニラが脱走しようとしています!」
「追いかけなさい」
「はい!」

 シスターの指示で、修道女たちがペトロニラを追いかける。一方のペトロニラは、捕まらないように山の下へ向かって走り続けた。
 すると、道の脇に薄汚れた白い猫が隠れているのを見つけた。ペトロニラは立ち止まり、目を見開く。

「シャロ……! こんなところにいたのねぇ」

 青い瞳をした猫を抱き上げ、頬を擦り寄せると、野生の猫は警戒心を剥き出しにして唸り、身じろぐ。
 もちろんこの猫は妖精シャロではなくただの猫だが、精神的に不安定になっていたペトロニラの心はそれをシャロだと思い込んだ。

 腕の中で暴れる猫に手や顔を引っ掻かれてもお構いなし。むしろ、満足気で、恍惚とした表情を浮かべるペトロニラ。

「ここでは人の目があるから、お部屋の中でゆっくり話しましょう?」
「ウーッ」
「ねえ、私考えたの。やっぱり逆ハーレムエンドじゃなくて、誰かひとりに対象を絞って攻略しようかなって。前のときは欲張りすぎて上手くいかなかったけど、今度はきっと上手くやるわ。これからは……乙女ゲームに真剣にもっと向き合おうと思ってるの」
「シャー! シャー!」

 ぼそぼそと猫に話しかけるペトロニラの姿を見て、修道女ふたりは顔を見合せた。『逆ハーレム』『乙女ゲーム』などと訳の分からない単語を口にする彼女が、気味悪く映った。
 だが、ペトロニラは周りからどう見られていようと全然気にしない。彼女の頭の中は、新しく始まるゲームのことでいっぱいだったから……。

 大人しく修道院の建物に戻るペトロニラ。庭に残された修道女がシスターに不満を零す。

「彼女はもう、私たちの手にはとても負えません。だいたい、実の姉に危害を加えるような人の更生なんて、引き受けるべきではなかったんですよ。シスター!」

 ペトロニラの実家が多額の寄付金を支払い、受け入れることにした。しかし、もし手に負えなくなったら他の施設に移してもよいと言われている。
 彼女がいると、真面目にやっている修道女たちの日常にも支障が出てくる。
 修道女たちはペトロニラを追い出すべきだと口々に訴えた。

「本当に彼女は国一番の花嫁候補だったんです? 全部彼女の妄想だったのでは」
「……事実よ。どんな栄誉を得ようと、それを失うのは一瞬のこと。……なんと儚いことでしょう」

 今のペトロニラは修道女が言うように、国を追い出されたショックで妄想と現実の区別がつかなくなっている。シスターは寂しげに眉をひそめた。

「ここより更に山の奥に行くと、心を患った方たちが療養する支援施設があるわ。残念だけれど……そこにペトロニラを預けましょう」

 支援施設に入ると、この修道院より更に不自由な生活が待っている。娯楽は少なく、先程のように脱走を繰り返せば、ベッドに拘束されるということも。また、劣悪な環境であるため、大抵の人が短命で終わる。
 苦渋の決断だが、更生する見込みがないペトロニラでは、これ以上修道院に置くことはできないから仕方がないだろう。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

(完結)だったら、そちらと結婚したらいいでしょう?

青空一夏
恋愛
エレノアは美しく気高い公爵令嬢。彼女が婚約者に選んだのは、誰もが驚く相手――冴えない平民のデラノだった。太っていて吹き出物だらけ、クラスメイトにバカにされるような彼だったが、エレノアはそんなデラノに同情し、彼を変えようと決意する。 エレノアの尽力により、デラノは見違えるほど格好良く変身し、学園の女子たちから憧れの存在となる。彼女の用意した特別な食事や、励ましの言葉に支えられ、自信をつけたデラノ。しかし、彼の心は次第に傲慢に変わっていく・・・・・・ エレノアの献身を忘れ、身分の差にあぐらをかきはじめるデラノ。そんな彼に待っていたのは・・・・・・ ※異世界、ゆるふわ設定。

貧乏伯爵令嬢は従姉に代わって公爵令嬢として結婚します。

しゃーりん
恋愛
貧乏伯爵令嬢ソレーユは伯父であるタフレット公爵の温情により、公爵家から学園に通っていた。 ソレーユは結婚を諦めて王宮で侍女になるために学園を卒業することは必須であった。 同い年の従姉であるローザリンデは、王宮で侍女になるよりも公爵家に嫁ぐ自分の侍女になればいいと嫌がらせのように侍女の仕事を与えようとする。 しかし、家族や人前では従妹に優しい令嬢を演じているため、横暴なことはしてこなかった。 だが、侍女になるつもりのソレーユに王太子の側妃になる話が上がったことを知ったローザリンデは自分よりも上の立場になるソレーユが許せなくて。 立場を入れ替えようと画策したローザリンデよりソレーユの方が幸せになるお話です。

【完結】都合のいい女ではありませんので

風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。 わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。 サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。 「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」 レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。 オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。 親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。 ※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈 
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

処理中です...