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しおりを挟むルサレテの復唱する声は、ジェイデンと重なった。
はてさて、自分はいつの間に筆頭公爵家の嫡男であり、麗しの令息の婚約者になっていたのだろうか――と。
「あの、私はロアン様の婚約者では――むぐ」
想いを通わせてはいるものの、まだ正式に結婚するという約束を結んでいる訳ではない。至極真っ当な指摘をしようとするが、ロアンに口を手で塞がれる。彼はそっと耳打ちして、話を合わせるようにと呟いた。
(な、なるほど。ジェイデン様を追い払うための演技をしろということね)
ジェイデンを追い払うための方弁なのだと理解したルサレテは、ロアンの胸元に手を添えて、甘えるような仕草で擦り寄る。
するとロアンは、びっくりしたように小さく肩を跳ねさせ、頬を朱に染めた。
一方のジェイデンは、あんぐりとしていて。
「ル、ルサレテがロアン様の婚約者……!?」
ロアンは女性たちの憧憬を集める国随一の公爵家の跡取り。相手は選び放題なはずなのに、どうしてルサレテなのか、という驚きだろう。
「信じられません。だいたい、あなたこそずっと、ペトロニラに好意があったのでは……?」
「親しくしていたし……妹のように思っていたよ。以前はね。でも恋心を抱いたのは、後にも先にもルサレテだけだ」
そんな風に耳元で喋るので、ルサレテの顔が耳まで赤くなる。
嫁の貰い手はないとついさっきまで見下していたジェイデンは、悔しそうに顔を歪ませた。そんな彼に、ロアンが鋭い眼差しで追い打ちをかける。
「早くここから消えてくれるかな。俺は婚・約・者・を侮辱されて今とても機嫌が悪いんだ。今後二度と彼女に近づくな。今回は目を瞑るけど――次は容赦しないから」
「…………っ!」
とうとうジェイデンは、不服そうにこちらを一瞥してから、逃げるように去って行った。ロアンがはっきり念押ししたので、今回のようなことは彼もしないだろう。
しかし、ジェイデンが帰って行っても、ロアンは腕の中からルサレテを解放してくれなかった。
後ろからぎゅうとこちらを抱き締めたまま、切なげに言う。
「もう少しだけ、このままでいてもいいかな。君が嫌でなければ」
「……嫌では、ないです」
「こういう言い方はよくないかもしれないけど、あんな男、別れて正解だったよ。君にはふさわしくない」
「ロアン様、どこから話を聞いていましたか?」
「……花束の辺りからかな」
というと、ほぼ全部だ。ルサレテの家族や婚約者が、長い間妹びいきで、ルサレテのことを可愛くないと蔑ろにしていたことも知られてしまったのだろう。
ロアンは、ルサレテがなかなか講堂に来ないので、心配して授業を退出したのだと説明した。
「俺にとってルサレテは、世界で一番可愛い女の子だよ」
「……ありがとう、ございます。俺の婚約者って言ってくださったの、嘘でも嬉しかったです」
「今は嘘だけど、俺は本当になってほしいと思ってるよ。ルサレテ……俺と結婚してくれないかな?」
「!」
ルサレテを抱き締める手がわずかに震えていて、緊張が伝わってきて、愛おしさが込み上げてくる。
彼は腕を解き、ルサレテのことを手放す。ルサレテはくるりと振り返り、彼の顔を見上げた。長いまつ毛が縁取る双眸は切実さを孕んでいる。
「君が辛いときは一緒にその辛さを抱えるし、嬉しいときはともに分かち合いたい。そういう関係を君と築いていきたいんだ」
ロアンは、前世からの推しだった。病床に伏せっていた毎日の中で、画面の中のロアンは心の拠り所で、励みだった。
また、同じように病気の辛さを味わい、長くは生きられないという不安を抱えながらも健気に毎日を過ごしていた彼。
最初は誤解されて嫌われていたけれど、一緒に過ごして好感度が上がっていくにつれて、彼への恋心が膨らんでいった。
今はただ、この人のそばにいたい。ルサレテはロアンの手に自分の手を重ねて、こくんと頷いた。
「――はい。私でよければ、お願いします……!」
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