上 下
26 / 31

26

しおりを挟む
 
 ロアンの屋敷を出たあと、空中を浮遊するシャロの体が透けていることに気づいた。そういえば彼は、被験者の攻略が終わったら妖精の世界に帰るのだった。

「もう……いなくなってしまうの?」
「うん。本部に戻って報告とか色々やらなきゃいけないからネ。これでキミとはお別レ。検証させてもらった『元異世界人が乙女ゲームの世界でいかに適応するか』についてのデータは、大切に預からせてもらうヨ」
「そ、そう」

 死んだ魂をより良い形で転生させるためにこんな研究をしていると言っていたが、今ひとつ、乙女ゲーム転生プログラムに関して理解が及ばないルサレテ。

「なら、この空中ディスプレイやアイテムはどうなるの?」
「ボクと一緒に消失するヨ。キミにはもう必要のないものだかラ」

 そう説明する間にも、みるみる薄くなっていくシャロ。
 半年以上一緒に過ごし、ここが乙女ゲームの世界であることを知っている仲間がいなくなってしまうのは正直なところ寂しい。
 光の粒になって消え始めたシャロの毛並みを、最後にそっと撫でて告げる。

「今までありがとう。私が頑張ったこと、ちゃんと報告してね。……それから元気で。シャロ」 
「ルサレテもネ! バイバーイ!」

 にっこりと笑って尻尾を振り、妖精シャロはいなくなってしまった。乙女ゲームの被験者になったと告げられたときも唐突だったが、あっさりとした別れ際も、彼らしい。


 ◇◇◇


 その後。ロアンの病気はすっかり完治した。今まではどこか憂いた雰囲気があり、いつか突然消えてしまうのではないかと心配するような儚さなあったが、みるみる顔色が良くなり、同時に表情も明るくなっていった。
 近寄りがたさが軽減されたのか、最近は令嬢たちがロアンに話しかけているところを頻繁に見る。

(ロアン様……また令嬢たちに囲まれているわね)

 学園の外の道で、ロアンを見かける。彼は複数の令嬢たちと話していた。
 他の令嬢たちと仲良くするのは妬けてしまうが、以前よりずっと元気な様子で、内心ほっとする。

「ロアン様っ! 今からわたくしと一緒に昼食を食べませんか?」
「ロアン様のためにお菓子を焼いて来ました。私と芝生広場でゆっくりしましょう?」
「いえ、私とお散歩に行ってくださいっ!」

 令嬢たちは自分こそロアンと過ごすのだと、表面上は愛想笑いを浮かべながら、バチバチと争っていた。
 彼はそれらの誘いを「先約があるからごめんね」とあっさり跳ね除けて、まっすぐとこちらに走って来た。

「お待たせ、ルサレテ。さ、行こうか」
「…………」

 食堂にひとりで向かって歩いていたルサレテは半眼を向ける。

「ロアン様と約束した覚えはありませんが……」
「まぁそう固いこと言わないで。なんでも好きなものを奢るからさ」

 太陽よりも眩しい笑顔を湛えた彼は、ルサレテの手を取って歩き出した。令嬢たちの誘いをかわすためにいいように使われたような気もするが、彼の笑顔に絆されてしまう自分がいる。
 けれど実際、ロアンの目には、他のどの令嬢でもなく、ルサレテのことしか映っていないようで。
 今のルサレテは好感度メーターは見えないのに、数値100まで満たされたメーターの幻が一瞬見えたような気がした。

 学園内にある食堂で、ロアンは2人前の料理を注文する。以前まではダイエット中の女子より少食だったのに、よく食べるようになったことで、健康的な体型を取り戻しつつある。

「ルサレテ、食べる量が少ないんじゃないかな? 君はもっと食べた方がいい」
「ふ。ロアン様にそんなことを言われる日が来るとは思いませんでしたよ。すみません、追加の注文をお願いします」

 ルサレテは店員を呼び、ロアンを上回る量のメニューを注文した。テーブルの上にずらりと並ぶ食事。ステーキにパスタ、サラダ、スープやパンなど、ひとりで食べるには明らかに多い。ルサレテはしたり顔で微笑む。

「ロアン様こそ、まだまだ食が細いのでは?」
「……君って案外、負けず嫌いなんだね。俺はまだ病み上がりなんだけど」

 変に対抗意識を燃やすルサレテに、彼は苦笑した。ルサレテはパスタをひと口分フォークに巻き付けて、彼の口元に差し出す。

「美味しいですよ。トマトパスタ」
「ありがとう。いただくよ」

 2人が食べさせ合いながら仲睦まじく食事を楽しむ様子を見た周りの生徒たちが、「2人の関係は何?」とひそひそ噂話している。

「体調、随分良さそうですね」
「うん。絶好調だよ。つい最近まで……正直に言うと体調がいい日は全くなかったんだ。でも今は咳もぴたりと止まってね。担当医も俺の回復は――奇跡みたいなものだっておっしゃっていたよ」
「奇跡……」

 ルサレテだけはその奇跡の理由を知っている。それは、ルサレテが被験者として乙女ゲームをクリアをしたことで得た、妖精シャロの不思議な治癒の力だ。けれど、彼にはこう伝える。

「きっと、ロアン様がずっと頑張ってきたからですよ」

 すると、ロアンはフォークを置き、物言いたげな表情でこちらを見つめたが、何も言わなかった。

 ルサレテは前世、病気で若くして死んだ。だから、こうして健康でいて、美味しいものが食べられて、好きな人と話せることがどんなに特別なことか身に染みて分かる。
 前世の記憶は、ゲームの開始時に特典としてシャロから与えられたものだったが、ささやかな日常の尊さも思い出させてくれたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

【完結】何度時(とき)が戻っても、私を殺し続けた家族へ贈る言葉「みんな死んでください」

リオール
恋愛
「リリア、お前は要らない子だ」 「リリア、可愛いミリスの為に死んでくれ」 「リリア、お前が死んでも誰も悲しまないさ」  リリア  リリア  リリア  何度も名前を呼ばれた。  何度呼ばれても、けして目が合うことは無かった。  何度話しかけられても、彼らが見つめる視線の先はただ一人。  血の繋がらない、義理の妹ミリス。  父も母も兄も弟も。  誰も彼もが彼女を愛した。  実の娘である、妹である私ではなく。  真っ赤な他人のミリスを。  そして私は彼女の身代わりに死ぬのだ。  何度も何度も何度だって。苦しめられて殺されて。  そして、何度死んでも過去に戻る。繰り返される苦しみ、死の恐怖。私はけしてそこから逃れられない。  だけど、もういい、と思うの。  どうせ繰り返すならば、同じように生きなくて良いと思うの。  どうして貴方達だけ好き勝手生きてるの? どうして幸せになることが許されるの?  そんなこと、許さない。私が許さない。  もう何度目か数える事もしなかった時間の戻りを経て──私はようやく家族に告げる事が出来た。  最初で最後の贈り物。私から贈る、大切な言葉。 「お父様、お母様、兄弟にミリス」  みんなみんな 「死んでください」  どうぞ受け取ってくださいませ。 ※ダークシリアス基本に途中明るかったりもします ※他サイトにも掲載してます

公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます

柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。 社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。 ※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。 ※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意! ※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。

私は何もしていない!〜勝手に悪者扱いしないでください〜

四季
恋愛
「この方が私のことをいつも虐めてくるのです!」 晩餐会の最中、アリア・フルーレはリリーナから突然そんなことを言われる。 だがそれは、アリアの婚約者である王子を奪うための作戦であった。 結果的に婚約破棄されることとなってしまったアリア。しかし、王子とリリーナがこっそり関係を持っていることを知っていたので、婚約破棄自体にはそれほど驚かなかった……。

【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。

王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。 友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。 仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。 書きながらなので、亀更新です。 どうにか完結に持って行きたい。 ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...