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しおりを挟むゲームの移動機能で瞬間移動し、気づくとロアンのタウンハウスの前に立っていた。
街の住宅の中でもひときわ大きくて立派な3階建ての建物。白い壁にいくつもの窓が並び、屋根はオレンジ色の洋瓦が載っている。
ロアンが学園に通うために、数人の使用人と暮らしていると聞いているが、それにしては大きすぎるくらいだ。
玄関ベルを鳴らすと、年老いた執事が出迎えてくれた。
「突然お邪魔して申し訳ございません。ロアン様と同じ学園に通う、ルサレテ・ナーウェルと申します。ロアン様が一週間お休みしていらっしゃるので、気になって様子をうかがいに来ました」
「ああ、ルサレテ様ですね。いつも坊っちゃまから話をきいておりますよ。さ、中へどうぞ」
「あ、ありがとうございます。でも、ロアン様に確認しなくても大丈夫ですか?」
「坊っちゃまもきっとあなたとお会いしたいはずです」
にこにこと愛想よく微笑んだ執事は、ロアンの私室へと案内してくれた。
長い回廊は、靴が埋まるくらい毛先が長い絨毯が敷かれ、両側の壁に高そうな絵画や壺が飾られている。
彼の私室の出入口は一番大きな扉だった。
豪奢な天蓋付きの寝台に、ロアンがひとり寝ていた。
「坊っちゃま。お友達がお見舞いに来てくれましたよ」
しかし、執事の言葉に返事はない。どうやら深く眠っているようだ。睡眠を妨げては申し訳ないと思い、見舞いの品を置いて帰ろうとするが、「ゆっくりしていってください」と言った執事がルサレテを残して部屋を出て行ってしまった。
ルサレテは、持ってきたフルーツをロアンの寝台横のサイドテーブルに置いてから、椅子に腰を下ろした。
(顔色……よくないみたい。汗をかいているし、熱があるのかしら)
ロアンは小さく唇を開き、無防備に眠っていた。呼吸が少し荒く、額が汗でしっとりと湿っていた。いつも澄ましていて大人びた雰囲気があるが、寝ている顔は子どもみたいだ。
おもむろに手を伸ばし、指で彼の額に触れる。やはり熱がある。そっと手を引こうとしたとき、ロアンが手をぎゅうと握った。
「わっ、ごめんなさい。起こしてしまいましたね」
「夢の中にまで現れるんだね、君は」
「へ……?」
どうやらロアンは、ここを夢の中だと勘違いしているようだ。熱が出ているせいで、夢と現実の区別がついていないのだろうか。彼は半身を起こして、こちらをまじまじと見つめた。その眼差しは熱を帯びていて、胸の奥が切なく締め付けられる。瞳の奥に見える熱は、彼の体温が高いせいなのか、あるいは別の理由があるのか、分からない。
彼は咳き込み、口元に手を添えながら呟く。
「ごほっけほ……っ。夢の中なのに、体が重いな。でもルサレテを見ていたら、少し楽になった気がするよ。……一週間顔を見ていないだけなのに、ずっと君が恋しくて……切なかった」
「あ、あの……?」
「ふ。困った顔も可愛いね」
ふっと慈しむように目を細めた彼は、ルサレテの長い髪をひと束すくい上げるようにして撫でる。その仕草が艶っぽくて、心臓の鼓動が速くなっていく。
ロアンは髪を弄んだあと、ルサレテの陶器のような滑らかな頬に手を添え、親指の腹ですぅと触れた。
恋人にするようなスキンシップに、ルサレテは顔を紅潮させて俯く。このままでいたら心臓がもたないので、消え入りそうな声で訴えた。
「ロアン様……あの、ここは夢ではないです…………!」
「――え?」
ルサレテが恥ずかしくて赤くなっている顔を見て、ロアンの顔は逆に、血の気が引いて青くなっていく。彼はすごい勢いで手を引き、「すまない!」と謝罪を繰り返した。ルサレテは俯きがちに尋ねる。
「そんなに……私に会いたかったですか?」
「……今のは聞かなかったことにして。本当に」
「…………」
ロアンの頭の上に浮かぶ、好感度メーターは99を示したまま。実はこの数字のままずっと停滞している。あとたったひとつ数値が上がるだけで、攻略達成、ゲームクリアなのに。
一刻も早くゲームのクリア報酬で治してあげたいのに、彼の体調は悪くなる一方で。
(好感度の数値が99で止まっている理由……私には分かる気がする)
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