上 下
17 / 31

17

しおりを挟む


 好感度アップはそう甘くはなかった。何が悲しくて、大枚はたいて手に入れたドレスを汚してまで池の中に入らなければならないのだろうか。しかし、『そっちだ』と急かすように矢印が点滅するのを見て、しぶしぶ池の中に足を入れた。
 これは好感度アップのため、と呪文のようにしつこく反芻する。腕を水中に突っ込んで指輪を探していると、指先に金属の感触が。

「……あった」

 指輪を手に池の外へ出る。泥で汚れたまま王女の元へ行くと、一気に好奇の視線が集まった。人々は泥まみれで汚いと顔をしかめたり、臭いと鼻をつまんだりして、嫌悪を示した。

 しかしルサレテは意に介さず、今も泣きそうになりながら茂みの中に手を突っ込んで指輪を探している王女に声をかけた。

「王女様。お探しの指輪はこちらでしょうか」
「……! そう、これよ……!」

 彼女はがしっとこちらの手を握り、指輪を確かめた。彼女の手袋も、土や草で汚れている。どこで見つけたのかと聞かれ、池の方を指差した。

「まぁ。なぜ池の中にこれがあるとお分かりに?」
「水中で金属が光ったのが見えたんです。御手元に戻ったようでよかったです」

 本当は空中ディスプレイが案内してくれただけだが、それは内緒だ。

「ありがとう。心から感謝するわ……! この指輪はね、亡くなったおばあ様からいただいた大切な大切なものだったの。でも……あなたの素敵なドレスが駄目になってしまったわね。……申し訳ないわ」
「お気になさらず。ドレスはまた買えますから。おばあ様との思い出の方がずっと大切です」
「まぁ、お優しいのね」

 自分のドレスが汚れ、周りの人から奇異の目を向けられても構わず、王女のために尽くしたルサレテ。攻略対象たちの好感度がそれぞれ10ずつ上昇したのが見えた。
 そして、真っ先に話しかけてきたのは、ロアンだった。彼は自分の上着を脱いで、こちらの肩にかけた。

「……君はお人好しなんだね」

 そのあとに、王女の兄であるルイが近づいてきて、王宮の使用人に替えのドレスを用意してやるようにと命令した。サイラスとエリオットはそれぞれ、汚れた腕やドレスを拭いてくれた。

「ったく。無鉄砲な奴だな。腕出せ、拭いてやるから」
「あ、ありがとうございます。サイラス様」

 至れり尽くせりの様子を見て、ペトロニラは気に入らなさそうにしていた。爪を噛んで後ろからこちらを睨んだあと、こちらに割って入って人差し指を立てた。

「お姉様。本当はその指輪、皆の気を引いて好感度を上げるために――盗んだのではありませんか?」
「…………はい?」
「だって変ですもの。大勢の方がなかなか見つけられなかったのに、お姉様はすぐに見つけた。……まるで最初から、指輪がどこにあるか分かっていたみたい」

 ペトロニラはルサレテがゲームのサポートを受けていることを知っている。だから、好感度上げのイベントについてほのめかしているのだろう。指輪が失くなったことが、ルサレテの自作自演かのように咎めながら。
 彼女は口元に手を添えて、意地悪に口の端を持ち上げる。ルイやサイラスたちが指輪発見の不自然さに気づいて顔を見合せ、「確かにそうかもしれない」と疑い出したところで、庇ってくれたのは王女だった。

「それはありえないわ。わたくしの周りには常に護衛の者や侍女がいたもの。それに一度もルサレテさんと接する機会はなかった。お兄様、わたくしの恩人を疑う真似はおやめください」
「す、すまない」

 王女は冷たくペトロニラを見据え、護衛騎士たちに命じた。

「わたくしはね、人の功績を潰そうとするやり方は大嫌いなの。――誰か、その失礼な方をここから帰しなさい」
「えっ、王女様……! 私はただ、王女様のために真実を明らかにしようとだけで……っ」

 ペトロニラは拒んだが、護衛騎士たちによって、あっという間に庭園の外へと引きずられて行った。彼女がいなくなったあと、王女はひとり、ルサレテの近くにやって来て言った。

「わたくしは以前から……ペトロニラさんが兄や人気のある未婚の令息たちに取り入っていらっしゃることをよく思っておりませんでした。あなた、本当に彼女を妬み、虐げ……階段から突き落としたの?」
「いいえ。決してそのようなことはしていません」
「やはりそうなのね。わたくしは信じるわ。欲深く、自分のことしか見えていないのは彼女の方に見えるもの」

 ペトロニラは完璧な令嬢として親しまれていたが、存在感があるからこそ、やっかみや妬みもあった。ルイの妹である王女も、ペトロニラに不満を抱いていたのだろう。
 彼女は、遠くで話している4人の貴公子たちを眺める。それから、指に輝く指輪をそっと撫でながら呟いた。

「お兄様や彼らもそろそろ、目を覚ますべきでしょう。完璧な人なんてどこにもいない。完璧に見えてもそれは見せかけだけで……実際は幻想に過ぎないのだから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈 
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈 
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

派手好きで高慢な悪役令嬢に転生しましたが、バッドエンドは嫌なので地味に謙虚に生きていきたい。

木山楽斗
恋愛
私は、恋愛シミュレーションゲーム『Magical stories』の悪役令嬢アルフィアに生まれ変わった。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。その性格故に、ゲームの主人公を虐めて、最終的には罪を暴かれ罰を受けるのが、彼女という人間だ。 当然のことながら、私はそんな悲惨な末路を迎えたくはない。 私は、ゲームの中でアルフィアが取った行動を取らなければ、そういう末路を迎えないのではないかと考えた。 だが、それを実行するには一つ問題がある。それは、私が『Magical stories』の一つのルートしかプレイしていないということだ。 そのため、アルフィアがどういう行動を取って、罰を受けることになるのか、完全に理解している訳ではなかった。プレイしていたルートはわかるが、それ以外はよくわからない。それが、私の今の状態だったのだ。 だが、ただ一つわかっていることはあった。それは、アルフィアの性格だ。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。それならば、彼女のような性格にならなければいいのではないだろうか。 そう考えた私は、地味に謙虚に生きていくことにした。そうすることで、悲惨な末路が避けられると思ったからだ。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

【完結】婚約破棄された公爵令嬢、やることもないので趣味に没頭した結果

バレシエ
恋愛
サンカレア公爵令嬢オリビア・サンカレアは、恋愛小説が好きなごく普通の公爵令嬢である。 そんな彼女は学院の卒業パーティーを友人のリリアナと楽しんでいた。 そこに遅れて登場したのが彼女の婚約者で、王国の第一王子レオンハルト・フォン・グランベルである。 彼のそばにはあろうことか、婚約者のオリビアを差し置いて、王子とイチャイチャする少女がいるではないか! 「今日こそはガツンといってやりますわ!」と、心強いお供を引き連れ王子を詰めるオリビア。 やりこまれてしまいそうになりながらも、優秀な援護射撃を受け、王子をたしなめることに成功したかと思ったのもつかの間、王子は起死回生の一手を打つ! 「オリビア、お前との婚約は今日限りだ! 今、この時をもって婚約を破棄させてもらう!」 「なぁッ!! なんですってぇー!!!」 あまりの出来事に昏倒するオリビア! この事件は王国に大きな波紋を起こすことになるが、徐々に日常が回復するにつれて、オリビアは手持ち無沙汰を感じるようになる。 学園も卒業し、王妃教育も無くなってしまって、やることがなくなってしまったのだ。 そこで唯一の趣味である恋愛小説を読んで時間を潰そうとするが、なにか物足りない。 そして、ふと思いついてしまうのである。 「そうだ! わたくしも小説を書いてみようかしら!」 ここに謎の恋愛小説家オリビア~ンが爆誕した。 彼女の作品は王国全土で人気を博し、次第にオリビアを捨てた王子たちを苦しめていくのであった。  

王女様、それは酷すぎませんか?

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢ヒルデガルドの婚約者ウィリスはソフィア王女の寵愛を受けヒルデガルドを捨てた。 更にヒルデガルドの父親ビズマーク伯爵はソフィア王女から莫大な手切れ金を受け取り、汚れ役を引き受けてしまう。 汚れ役。 それは「ヒルデガルドが男娼を買った汚れた令嬢」というもの。 だから婚約破棄されて当然であり、傷ついたウィリスと慰めたソフィア王女の美しい純愛は誰からも認められる。あまりにも酷い濡れ衣だった。 ソフィア王女の取り巻きたちによって貴族社会から実質的に追放されたヒルデガルドは復讐を決意する。 それが男娼レオンとの出会いであり、友情の始まりだった。 復讐という利害関係で結ばれた二人に身分を越えた絆が育まれ、「汚れた令嬢」と汚名を被せられたヒルデガルドの潔白が証明されたとき、彼女たちの選んだ生き方とは…… (※露骨な性描写はありませんが、男娼が登場する為R15とさせていただきます) (※6月16日更新分より、若干の残酷描写が含まれる話数には「※」を付けました。苦手な方は自衛の程お願いいたします)

処理中です...