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しおりを挟む好感度アップはそう甘くはなかった。何が悲しくて、大枚はたいて手に入れたドレスを汚してまで池の中に入らなければならないのだろうか。しかし、『そっちだ』と急かすように矢印が点滅するのを見て、しぶしぶ池の中に足を入れた。
これは好感度アップのため、と呪文のようにしつこく反芻する。腕を水中に突っ込んで指輪を探していると、指先に金属の感触が。
「……あった」
指輪を手に池の外へ出る。泥で汚れたまま王女の元へ行くと、一気に好奇の視線が集まった。人々は泥まみれで汚いと顔をしかめたり、臭いと鼻をつまんだりして、嫌悪を示した。
しかしルサレテは意に介さず、今も泣きそうになりながら茂みの中に手を突っ込んで指輪を探している王女に声をかけた。
「王女様。お探しの指輪はこちらでしょうか」
「……! そう、これよ……!」
彼女はがしっとこちらの手を握り、指輪を確かめた。彼女の手袋も、土や草で汚れている。どこで見つけたのかと聞かれ、池の方を指差した。
「まぁ。なぜ池の中にこれがあるとお分かりに?」
「水中で金属が光ったのが見えたんです。御手元に戻ったようでよかったです」
本当は空中ディスプレイが案内してくれただけだが、それは内緒だ。
「ありがとう。心から感謝するわ……! この指輪はね、亡くなったおばあ様からいただいた大切な大切なものだったの。でも……あなたの素敵なドレスが駄目になってしまったわね。……申し訳ないわ」
「お気になさらず。ドレスはまた買えますから。おばあ様との思い出の方がずっと大切です」
「まぁ、お優しいのね」
自分のドレスが汚れ、周りの人から奇異の目を向けられても構わず、王女のために尽くしたルサレテ。攻略対象たちの好感度がそれぞれ10ずつ上昇したのが見えた。
そして、真っ先に話しかけてきたのは、ロアンだった。彼は自分の上着を脱いで、こちらの肩にかけた。
「……君はお人好しなんだね」
そのあとに、王女の兄であるルイが近づいてきて、王宮の使用人に替えのドレスを用意してやるようにと命令した。サイラスとエリオットはそれぞれ、汚れた腕やドレスを拭いてくれた。
「ったく。無鉄砲な奴だな。腕出せ、拭いてやるから」
「あ、ありがとうございます。サイラス様」
至れり尽くせりの様子を見て、ペトロニラは気に入らなさそうにしていた。爪を噛んで後ろからこちらを睨んだあと、こちらに割って入って人差し指を立てた。
「お姉様。本当はその指輪、皆の気を引いて好感度を上げるために――盗んだのではありませんか?」
「…………はい?」
「だって変ですもの。大勢の方がなかなか見つけられなかったのに、お姉様はすぐに見つけた。……まるで最初から、指輪がどこにあるか分かっていたみたい」
ペトロニラはルサレテがゲームのサポートを受けていることを知っている。だから、好感度上げのイベントについてほのめかしているのだろう。指輪が失くなったことが、ルサレテの自作自演かのように咎めながら。
彼女は口元に手を添えて、意地悪に口の端を持ち上げる。ルイやサイラスたちが指輪発見の不自然さに気づいて顔を見合せ、「確かにそうかもしれない」と疑い出したところで、庇ってくれたのは王女だった。
「それはありえないわ。わたくしの周りには常に護衛の者や侍女がいたもの。それに一度もルサレテさんと接する機会はなかった。お兄様、わたくしの恩人を疑う真似はおやめください」
「す、すまない」
王女は冷たくペトロニラを見据え、護衛騎士たちに命じた。
「わたくしはね、人の功績を潰そうとするやり方は大嫌いなの。――誰か、その失礼な方をここから帰しなさい」
「えっ、王女様……! 私はただ、王女様のために真実を明らかにしようとだけで……っ」
ペトロニラは拒んだが、護衛騎士たちによって、あっという間に庭園の外へと引きずられて行った。彼女がいなくなったあと、王女はひとり、ルサレテの近くにやって来て言った。
「わたくしは以前から……ペトロニラさんが兄や人気のある未婚の令息たちに取り入っていらっしゃることをよく思っておりませんでした。あなた、本当に彼女を妬み、虐げ……階段から突き落としたの?」
「いいえ。決してそのようなことはしていません」
「やはりそうなのね。わたくしは信じるわ。欲深く、自分のことしか見えていないのは彼女の方に見えるもの」
ペトロニラは完璧な令嬢として親しまれていたが、存在感があるからこそ、やっかみや妬みもあった。ルイの妹である王女も、ペトロニラに不満を抱いていたのだろう。
彼女は、遠くで話している4人の貴公子たちを眺める。それから、指に輝く指輪をそっと撫でながら呟いた。
「お兄様や彼らもそろそろ、目を覚ますべきでしょう。完璧な人なんてどこにもいない。完璧に見えてもそれは見せかけだけで……実際は幻想に過ぎないのだから」
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