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 ロアンが下敷きになってくれたおかげで、ルサレテはどこも打ち付けることがなかった。しかし、彼の方は尻もちをついた体勢で、ルサレテの体を支えていた。そして、もう少し近づいたら顔のどこかが触れてしまいそうな距離に彼の顔がある。

「重い。早くそこを退いて」
「ひっ、ご、ごめんなさい……!」

 ロアンは本来優しくて紳士的な青年だ。決して女性に「重い」なんてデリカシーのないことを言う人ではないので、余程嫌われているのだと分かる。

(私……太ってはないと思うけれど)

 慌てて彼から離れるが、ロアンの好感度メーターは-105になってしまった。

(あああ、嘘…………。また下がった……)

 ロアンは腰を擦りながら立ち上がり、こちらを冷たく見下ろした。

「貴族の令嬢が木の上で何を?」

 そう尋ねられ、両腕の中に隠れていた子猫を差し出す。にゃーと愛らしく鳴いた子猫を見て、木の上の子猫をルサレテが助けていたのだと理解した。
 ルサレテは子猫を逃がし、女子生徒に預けていた紙袋を返してもらった。

 すると、ロアンの好感度はなぜか-110まで下がっていた。

「庭師に頼むなりするべきだった。君がまた怪我をすれば、迷惑がかかる人がでるんだから」

 まぁ、おっしゃる通りだ。呆れられて好感度が下がるのも無理はない。せっかくロアンの好感度を上げるためのイベントに来たのに、下げてどうすると猛省する。
 ロアンは、怪我をして療養中なのに、どうして学園にいるのかと聞いてくる。
 ルサレテは薬の入った紙袋を彼に渡す。

「これは?」
「ロアン様の病気に効く薬です。今日はこれを届けにきました。症状が強いときにお湯で飲んでください」
「結構だ」

 彼は紙袋を突き返し、氷のように冷たく言う。

「俺の病気に効く薬はない。それに、君が持ってきたものを信用できるはずがないでしょ。毒でも入っているんじゃないか?」
「…………」

 疑われて当然だ。なぜなら彼は、ペトロニラをいじめて階段から突き落としたのがルサレテだと思い込んでいるのだから。

「俺に取り入ったところで、君の罪は軽くはならな……げほっ、ごほっごほっ……っ」
「ロアン様!?」

 そのときまた、ルサレテの目の前で彼が発作を起こした。前回のときよりなかなか咳が治まらず、苦しそうにする彼。口から吐かれた血が芝生を赤く染める。
 ルサレテは空中ディスプレイに触れて、ポイントでアイテムのひとつの飲み物を買う。

 ルサレテはロアンの背中を支え、まずは自分が薬を飲んで、毒ではないことを証明する。あまりにも苦しそうな様子のロアンを放っておくことはできない。一刻も早く、ほんの少しでもいいから楽にしてあげたいという一心で懸命に訴えかける。

「私のことは嫌ってくれていいです。でも、このお薬を飲んでください。そうしたら少しは楽になりますから!」
「断……る……ごほっごほっ」
「飲んでくださるならなんでも言うことを聞きます! だから、お願い……!」
「…………水を」
「は、はい! こちらに!」

 水の入ったコップを口元に差し出すと、彼は嫌っているはずのルサレテが持ってきた薬を飲んだ。苦しさを逃れたくて、藁にもすがる思いなのだろう。ゲームが用意した薬の効果は抜群で、彼の発作はすぐに治まった。

「この薬はなんだ……? 今までどんな薬を飲んでも気休めにすらならなかったのに……」

 ルサレテは、目の前の画面に書かれた解説を、あたかも自分の言葉かのように読み上げる。

「ええと……大陸の東の国から取り寄せた薬です。気道や粘膜を保護するユリの根、ナツメや甘草を乾燥させたものが入っています。咳を和らげる効用があり、東の国ではよく使われるそうです」
「俺のためにわざわざ調べてくれたのか?」
「……はい。あの日、苦しそうなお姿を見て、心配で……」
「その顔……。嘘をついているようには見えないな……」
「嘘じゃ、ないんですってば」

 疑心暗鬼だった彼は小さく息を吐き、紙袋を受け取った。

「あの日、俺に奇跡が起こるようにと願ってくれた君も、今目の前にいる君も、優しい。……ペトロニラにひどい仕打ちをしたとは思えなくなってくる」
「信じてもらえないかもしれませんが、私はペトロニラを階段から落としたりいじめたりしていません。私だって、謂れのない罪で恨まれることが悔しくて仕方がないですよ。でももういいんです。ロアン様は信じたい人を信じてください。では、ごきげんよう」

 そうやって勝手に、ペトロニラのめちゃくちゃな話を鵜呑みにしていればいいのだ。
 薬を届けたのに好感度は上がっていない。これ以上ここにいても、彼に嫌われていくままかもしれないから、作戦の練り直しが必要だ。
 しかし、その場を離れようとしたら、なぜかロアンに腕を掴まれた。ルサレテが振り向くと、彼は無意識にルサレテを引き留めた自分の行動に戸惑っていた。

「急になんですか? その手を離してください」
「さっき、薬を飲んでくれたらなんでも言うことを聞くって言ったよね?」
「い、言いましたけど……」
「なら、君のことがもっと知りたい。ペトロニラと君の言葉、どちらが真実なのか、俺の目で確かめたいんだ」

 ロアンはそう言ってルサレテの腕を離して、初めて笑顔を見せた。

「それにまだ、薬のお礼もしてないし、この前貸してくれたハンカチを返せてない。だからまた、話そう。――ルサレテ」
「!」

 彼の表情に、最初のような冷たさはない。
 ロアンの好感度メーターは、-90まで上がっていた。ルサレテの誠意が、ようやくほんの少しだけ、ロアンに届いたようだ。
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