【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ

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 ルサレテ・ナーウェルには、完璧な妹がいる。

 名前はペトロニラ。誰にでも気さくで思いやりがあり、大勢の友達がいた。勉強をやらせれば学園トップで、刺繍はコンクールで入賞するほどの腕前だった。おまけに花のような愛らしい容姿をしている。彼女の金髪碧眼の美貌をひと目見た男たちは、次々に虜になっていき、今では国一番の花嫁候補と噂されるほど。……とにかく、完璧なのである。

 ルサレテもペトロニラと同じ両親から生まれたのに、彼女と違って取り立てて褒めるところがないような平凡な令嬢だった。

 そんな妹が今、家族とルサレテ、ルサレテの婚約者ジェイデンの前でしくしくと儚く泣いている。

「私――お姉様にずっと前からいじめられていました」

 と、嘘を述べて。

 向かいのソファで悲しげに泣くペトロニラの肩を母が支え、父が「どうしてもっと早く言わなかったのか」と問い立てる。ペトロニラが答える前に母が代弁した。

「そんなの決まってるじゃない! ルサレテのことを悪者にしないように庇っていたのよ。この子は優しい子だもの。そうなのよね?」
「……はい。だって私、お姉様のことが大好きだから……っ」

 両手で顔を覆うペトロニラに、ジェイデンがハンカチを差し出し、父が背中を擦る。この応接間にいる者たちはすっかり彼女の味方で、ルサレテの言い分を聞こうとすらしない。

 ジェイデンはこちらに冷たい眼差しを向けて言った。

「君には失望したよ、ルサレテ。実の妹を虐げるような……嫉妬深く、子どもじみた人だったなんてね」
「そ、そんな……。私は、決して嫌がらせしたりしていません! それは、ペトロニラが――」
「いじめられる彼女に原因があるとでも言うつもりかい?」

 冷たい眼差しに鋭さが乗り、ルサレテは小さく肩を竦める。

「違っ、そうでは……なくて……」

 言いかけた言葉は全部喉元で留め、下唇を噛む。
 ルサレテがどんなに弁解しようとしたって、彼は信じないだろう。なぜなら、ペトロニラは何でも持っていて、ルサレテを憎んで危害を加えるような理由が考えられないから。むしろ、ルサレテが彼女を妬んだと考えるのがごく自然だ。
 また、ジェイデンは以前から、ペトロニラに好意を寄せていた。平凡な婚約者と、完璧な妹。近くにいて目移りするのは無理のないことだった。小さなころから彼とは婚約者同士だったが、「本当はペトロニラが相手ならよかったのに」と護衛の者に愚痴を零す姿を見ることもしばしば。

 その後に告げられる言葉は、もう予想できていた。

「君との婚約は解消させてもらう。僕は……前からペトロニラのことが好きだったんだ。彼女を傷つけた相手と結婚するなんて屈辱、耐えられそうにない」
「…………」

 ジェイデンの告白に、ペトロニラはほんのりと頬を染めて、驚いた素振りを見せた。

「う、嘘……。ジェイデン様が私のことを慕ってくださっていたなんて……信じられないわ」

 本当に初めて知ったのか、それとも初心なフリをしているだけなのかは、本人しか分からない。
 そして、婚約解消されて落ち込む暇もなく、今度は母親から告げられる。

「こんなことがあった以上、大事なペトロニラの傍にあなたを置いておけないわ。この屋敷から出ていきなさい。ルサレテ」

 一方的に責められ続けたルサレテは俯き、膝の上でぎゅうと拳を握り締め、絞り出すように答えた。

「分かり……ました」

 そのとき、ペトロニラの唇が意地悪く扇の弧を描いたのを、ルサレテだけがはっきりと確認した。
 妹に裏切られ、婚約者を奪われ、家まで追い出されることになるとは、ひと月前までは夢にも思わなかった。

(こうなったのは全部――あの日の事件のせいだわ)

 ルサレテは目を伏せて、ひと月前のことを思い出した。


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