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 ルイスは昔から人をからかうのが好きだった。だが、唯一リジーに対しては頭が上がらない。将来尻に敷かれるタイプだ。 

 ルイスのいたずらはまだ終わらない。

「そうだ。宝探しゲームをしようよ」

 一指し指を立て、ノリノリで提案するが、意図が分からず一同は首を傾げる。クラウスがいぶかしげに答えた。

「そんなものはないぞ」
「あるね。年ごろの男の部屋にはね、他人には見せられないコレクションの一つや二つ、あるものなんだよ」

 そう言ってきょろきょろと部屋の中を物色し始める。

「なるほど。ルイス様がよく集めていらっしゃるものですね」
「えっ」

 リジーの鋭い突っ込みに、ルイスが肩を跳ねさせる。

「なんで知ってるの?」
「憶測ですけど」

 墓穴を掘ってしまったルイスは、乾いた笑みを貼り付けながら天井を仰いだ。エルヴィアナは、"コレクション"なるものがなんなのか一人だけ理解できず、純粋な眼差しでクラウスを見上げた。

「クラウス様、宝石か何かを収集する趣味がおありだったの? 知らなかったわ」
「……君はその純粋なままでいてくれ」
「どういうこと?」

 こてんと首を傾げるエルヴィアナ。他方、ルイスは自分だけ恥をかいたのが不服らしく、なんとかクラウスの弱みを暴こうと躍起になっている。部屋を物色されるのは構わないが、探したところで面白いものは見つからないはずだ。

「ルイス王子。自由に見てくれても構わないが、期待しているようなものは何もない」

 すると、リジーが本棚の一角に目を留めて、一冊を指で引き出した。

「これって……」

 タイトルは、『オクテ男子の恋愛学~気になるあの子を振り向かせるための戦略~』。その本の他には、『彼女が不機嫌な理由を見抜く方法』、『究極の恋愛理論』、『草食系男子の初めての恋愛講座』……と主に初心者向けの恋愛指南書がずらりと並んでいる。

 その本を見つけたルイスが、肩を震わせて笑いながら「勤勉だな」とからかった。いつもクールに見せかけておいて、その裏では恋愛ノウハウを勉強していたなんて知れたら、面目に差し障りがある。

 リジーは失笑しているが、エルヴィアナだけは馬鹿にしたり笑ったりしなかった。

「別にどんな本を読んでいたっていいじゃない。他人の学びを笑うなんて品がないですね。王子様」

 相変わらず、エルヴィアナは実直だ。正しいと思ったことをはっきり言う。しかしこの状況の場合、庇われる方が恥ずかしい。

 エルヴィアナはむしろ興味を持って本の背表紙を眺め、そのうちの一冊を指差した。

「……これ、わたしも読んでいい?」

 指差したのは、『恋人とベストパートナーになるための方法』という本。つまり、クラウスと良い関係になるために勉強しようとしてくれているのだ。

「……構わない」
「ありがとう」

 彼女は本を抜き取り、頬を緩めながらぼそっと呟いた。

「……これで――もっと仲良くなれるかしら」

 独り言のつもりらしいが、クラウスの耳はしっかり聞き取った。あまりにも健気で、いじらしくて、不器用で。愛おしさが込み上げて内側から何かが爆発してしまいそうだった。

(俺の婚約者、可愛すぎじゃないか?)

 クラウスは頭を抱えた。

 そのとき、扉がノックされて、呼んだ覚えのない給仕が入室した。ワゴンの上には大きな皿とフードカバーが。食べ物もまだ頼んでいないはずだ。

 すると、エルヴィアナたちが「せーの」と声を合わせた。

「「誕生日、おめでとう!」」
「……!」

 フードカバーをリジーが外すと、中には芸術品のような二段のケーキが。上にチョコレートで"誕生日おめでとう"と器用に文字が書かれている。その流麗な筆跡は、エルヴィアナのものだ。

「クラウス様、自分の誕生日とかに頓着しないでしょう? でもせっかくだからみんなでお祝いしたかったの。驚いた?」

 そういえば今日は誕生日だった。すっかり忘れていた。貴族の中には記念日を重要視し、誕生日のときに盛大にパーティーを開く人もいるが、エルヴィアナが言うように、クラウスは全く祝い事に興味がなかった。

「ああ。驚いた」

 何よりも、エルヴィアナが自分を喜ばせようとしてくれた気持ちが嬉しい。彼女たちはそれぞれプレゼントまで用意してくれていて。

「ありがとう、エリィ。君のおかげで良い誕生日になった」

 甘い表情を向けると、エルヴィアナは少し恥ずかしそうに目を逸らす。

 そのやり取りを傍目に、ルイスとリジーが話をした。

「クラウス様……本当に魅了魔法が解けたのでしょうか。あのご様子を見ていると疑問に思います」

 するとルイスが、いたずらに口角を持ち上げた。

「ふふ。彼の場合、もっと深刻な魔法にかかっているからね。もう手に負えないよ」
「――深刻な魔法、ですか?」
「ああ」
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