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 このポピーの花はずっと昔、幼いころにクラウスにもらったものだ。贈り物というにはささやかすぎるものだが、もらったときはとても嬉しくて、押し花にして宝物のように大事にしていた。
 アカデミーの学生だったとき、クラウスと中庭で話していて、彼はたまたま足元に咲いていた花を摘み取ってプレゼントしてくれた。茎が輪になっているのは、指輪に見立てたから。

 クラウスとの結婚は生まれたときからほとんど決まっていたが、二人はそれほど仲が良くなかった。政略結婚はよくあることだし、あくまで家督を守るためだけの関係だと思っていた。きっとクラウスも。だが、この花の指輪をもらったのをきっかけに、徐々に仲を深めていった。

 そんな思い出の品だが、クラウスとの仲が拗れてしまってから、リジーに「代わりに捨ててほしい」と預けたのだった。どうしても自分で捨てることはできなくて。リジーはそれを後生大事に残していたらしい。というか、いつの間にクラウスとリジーはこの花について話していたのだろうか。

「今日はあの日の約束を果たさせてくれないか? エリィも覚えているのだろう。この花を渡したときにした約束を」

 この花の指輪をもらったとき、「大きくなったらもっと素敵な指輪を贈る」と約束したのだった。――お互いがちゃんと好き同士になったら、という条件付きで。

 まさか、数年も前の約束を覚えていてくれたなんて思わなかった。それに、今日連れて来てくれたのは、この栞と同じ――ポピーの花畑。クラウスがこんなにロマンチックなことをするのも予想外で戸惑う。

 クラウスが懐から小さな箱を取り出して、こちらに差し向けた状態でぱかっと開けば、中に花がモチーフの飾りがついた指輪が。中央に宝石が嵌め込まれてきて、その周りに金属の花弁が広がっている。


『クラウス様は知ってる? 異国ではね、婚約や結婚のときに、男の人が好きな人に指輪を贈る文化があるんですって。……凄く素敵』
『なら、いつか俺たちがそういう関係になったら、君に指輪を贈ろう』
『ふふ、待ってる』


 小指を引っ掛けて指切りし、そんなやり取りを昔に交したのを思い出した。
 クラウスはつつじ色の眼差しでこちらを見据えて言った。

「俺はエリィが好きだ。ずっと一緒にいたいと思っている。……受け取ってくれるか?」

 エルヴィアナは感極まって泣きそうになりながら、こくこくと首を縦に振った。クラウスはエルヴィアナの細い手を取り、指輪を左手の薬指に通した。

 小指で交した約束が、薬指の指輪に変わった。

 薬指で宝石がきらきらと繊細な輝きを放っている。光り輝く指輪をそっと撫でながら、エルヴィアナも屈託のない笑みを湛えた。

「わたしも――大好き」

 そうして二人は、魅了魔法の力に依らない甘い時間を過ごしたのだった。



 ◇◇◇



 デートから帰った夜。クラウスは自室で机を眺めていた。机には、エルヴィアナが作ってくれたアイシングクッキーと、彼女が作ってくれた花冠が並んでいる。腕を組みながら思案し、これは家宝にしようと決意する。

 以前、エルヴィアナに取ってもらった糸ぼこりを大事に保存していたら、本人にドン引きされてしまったが、彼女もクラウスが摘んだ花をずっと残していた。ほとんど同じようなものだとクラウス的には思っている。
 何より、エルヴィアナが自分との思い出を残そうとしてくれたことが嬉しい。

 机に頬杖を着き、目を閉じながら今日のエルヴィアナを思い出す。

(可愛かったな)

 今日一日、クラウスの前でころころと色んな表情を見せてくれた。特に、クッキーを食べさせてあげたときの彼女の照れた反応は、天才的に可愛かった。もちろんどの瞬間を切り取っても世界一可愛いのだが。

 芸術品のようなクッキーを見下ろしながら、これは食べられないなと思った。もったいなくて。作ってくれた花冠は、乾燥させて部屋に飾っておこう。

 今日の思い出に浸りつつ、クラウスは遠い昔のことを思い出した。


 ――アカデミー時代のことを。
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