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しおりを挟むルイスはこちらを見ながら言った。
「その様子だと少しも反省していないようだね。侍女に八つ当たりなんてみっともないと思わないかい?」
「余計なお世話ですわ」
口うるさいのは父だけで十分だ。もう小言は聞き飽きている。
ルーシェルはセレナにずいと詰め寄り、冷えた目で見下ろした。
「ここが気に入らないのなら、いつでも辞めてくださって構いませんわ。収入がなくなれば、ご家族は路頭に迷うことになるでしょうけれど、わたくしは知りません」
「い、いえ! とんでもございません。何卒解雇だけはご容赦ください……っ」
青ざめた顔をして深く頭を下げる彼女。その頭を上から押さえつけて床に擦り付ける。
「人に物を頼むときはこうするのよ」
彼女の家は大家族だった。大黒柱の父親が病床に伏してしまい、職を失い金が必要になった。
普通は王女の侍女というと貴族の娘を選ぶものだが、それではある程度礼儀を持って接さなくてはならない。侍女を好き勝手こき使うために、少し身分が低く、かつ元裕福な家の娘で教養のある彼女を雇ったのだった。
のっぴきならない事情がある彼女は、簡単に辞めることができないだろうと思ったから。予想通り、ひどく虐めても彼女は我慢して働き続けた。
セレナをいびっている様子を見たルイスは、露骨に嫌悪感を滲ませて、「その辺りにしておけ」とルーシェルの腕を取り上げた。
「――それで。魔獣はどこに隠したんだい?」
「お兄様には関係のないことです。きちんと騎士団に引き渡しますから、ご心配なく」
ルイスはこちらに寄り、玲瓏と言った。
「妙なことをするなよ」
「妙なこと?」
「ああ。誰かを陥れようとすれば、必ず報いを受けることになる。それが世の摂理だ。人を呪わば穴二つ、なんて言うだろう?」
「…………」
「兄から可愛い妹への忠告だ」
疑ってくる兄を半眼で見上げ、「ご忠告どうも」と軽くあしらい、踵を返した。
◇◇◇
「王女様……ここは?」
「はるか昔、王族が暑さを凌ぐために夏の別荘として使っていたお城ですわ」
兄と別れたあと、セレナを連れて向かった場所は、かつての王族が避暑地に使った古城。歴史的な価値のある建築物だが、かなり老朽化が進んでいて滅多に人の出入りはない。
門の前に外套を着た二人の男が、布がかかった小さめのケージを持って待機していた。
「ご依頼のものをご用意しました」
「ご苦労さま」
セレナにケージを受け取らせて、雇い人に金を支払った。それから、セレナを連れて、古城の中へと入っていく。
「あの……このケージは一体……」
ケージの上のかけ布を外すと、中には例の魔獣ニーニャとそっくりの風貌をした白いきつねが。あの男たちに依頼したのは、魔獣に似たな獣を見つけて、尻尾を黒色に染色することだった。偽物のニーニャを魔獣として引き渡し、本物はこのまま地下に隠しておくつもりだ。――エルヴィアナが死ぬまで。
セレナは「何を企んでいるのか」と言わんばかりに疑わしそうな目でこちらを見てきた。
「黙って着いて来なさい」
「……はい、王女様」
そして、地下に隠しておいた本物のニーニャを確認しに行く。階段を降りて檻に近づいた瞬間――異変に気づいた。
(凄い熱気……)
熱気だけではない。いつもより強い獣臭に加え、鉄のような臭いがする。――血の臭いだ。それに、大型の野生獣みたいな唸り声も聞こえた。ニーニャはもっと愛らしい鳴き声だったはず。
「ニーニャ……?」
名前を呼びかけながら、檻の前まで歩くと、鉄格子が破壊されているのが見えた。折れた場所に噛み跡のようなものが残っている。まさか、あの小動物のような見た目のニーニャがこれをやったのだろうか。
するとそのとき。
『ヴヴヴォオオオオオオオ……!』
「きゃああっ……!」
「王女様!?」
突然、ルーシェルよりひと回りもふた周りもおおきな獣が襲いかかってきた。白くふさふさの毛に、青と黄色のオッドアイ。黒い尻尾……。その特徴はニーニャと一致しているが、ルーシェルが知っているニーニャではなかった。
牙で鉄格子を噛んだせいで口内を切ったらしく、血が滴っている。ルーシェルはそこではっとした。
(エルヴィアナさんの生命力を吸収して本来の姿を取り戻した……?)
もしかしたらこの猛々しい姿が、ニーニャ本来の姿なのかもしれない。瞳を炯々と光らせ、牙を剥き出しにしている魔獣。鋭い爪が伸びた手が、ルーシェルの肩を掴む。
(痛い……っ)
ニーニャにのしかかられて身動きが取れない。
「そんなところでぼさっとしていないで、早く助けを呼んで来なさいよ!」
「ひっ……」
セレナに命じるが、彼女はあまりの恐怖で身体が強ばってしまい、一歩も動けなくなっている。護衛は少数しか連れてきていないし、城の外に待機させてしまった。
「ああっ……!」
次の瞬間。ルーシェルの肩に今まで感じたことのない激痛が走る。ニーニャは長い爪でルーシェルを引っ掻き、そのまま逃走した。
「王女様……! 大丈夫ですか!? しっかりなさってください、王女様……!」
セレナの声を遠くに聞きながら、意識を手放した。
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