上 下
31 / 50

31

しおりを挟む
 
 目が覚めると、自室の天井が視線の先にあった。身体中が重くて痛くてだるい。特に右腕がずきずきと脈打つように痛んでいる。

 半身を起こして右腕の袖を捲ってみれば、黒い痣が急激に範囲を広げていた。

「…………」

 今までも呪いの影響で体調が悪くなり伏せってしまうことはあった。でも今回は今までより深刻な感じがする。これからどうなるのだろうと恐怖が湧いてきて、脈動が加速する。不安になったところでどうにもならないのだが。
 ちょうどそこで扉が開く音がした。誰かが来るのだと理解した。

「お嬢様……! お目覚めになったんですね!」

 リジーが部屋に入ってすぐ、目覚めたエルヴィアナを見てびっくりし、洗面器とタオルの乗った盆を床に落とした。彼女は落としたものはそっちのけでこちらに駆け寄ってきた。
 エルヴィアナは痣が広がった腕を隠すように、捲り上げた袖を下げた。

「倒れられたと聞いてわたし……心配で心配で……っ」
「……心配をかけてごめんね」
「死んじゃうと思いました」
「勝手に人のことを殺さないで」

 平静を装って答えるけれど、近々本当にそうなるかもしれないと思うと不安になった。

「……わたし、どのくらい眠っていたの?」
「三日ですよ!」
「……そう」

 意識を失ったまま三日起きなかったのは、これが初めてのこと。自分の体が着実に呪いに蝕まれているのだと思うと、やっぱり怖くなってしまう。

 不安な気持ちを彼女に悟られないように、穏やかに微笑む。

「ルイス様に飾り紐、贈ったのね」
「……お気づきでしたか」
「ええ。彼の剣に結んであったから。凄く嬉しかった。あなたが自分の恋を諦めないでいてくれて」

 リジーはエルヴィアナのために、ルイスのことをすっぱり諦めているのだと思っていた。しかし、エルヴィアナの知らないところでうまくやっていたようで幸いだ。あとは、エルヴィアナという足枷さえなくなれば、好きな人と一緒になれる。

「今までずっと世話してくれてありがとう。手のかかる主人でごめんなさいね」
「……本当ですよ。頑固で意地っ張りで、素直じゃなくて……」

 泣きそうな顔を浮かべて、エルヴィアナの手を握る彼女。

「不器用で、誰よりも――優しい自慢の友人です」

 彼女の家が没落する前から、二人は親友だった。体裁があるため主従関係として振る舞っているが、二人の絆は変わらない。

「幸せになってね」

 もう自分は長くない。いつかリジーは、エルヴィアナの元を離れていくのだ。それでいいと思っている。今のリジーは、一度の恩と情に縛られているから。すると、リジーは大きな瞳に涙を浮かべて首を横に振った。

「最後みたいな言い方しないでくださいよ。いつもみたいに、強気に笑ってください。そんな弱気なお嬢様……らしくない」
「先のことなんてどうなるか分からないでしょう。リジーにはね、わたしの世話ばかり焼いて若い時間を無駄にしてほしくないの」
「何、言うのよ。お嬢様に……エルヴィアナちゃんに助けてもらったときから、わたしはあなたのためになんだってするって決めたの。きっと逆の立場だったとしても、エルヴィアナちゃんはわたしの傍を離れたりしないよ」

 返す言葉が思いつかずに黙っていると、また扉がノックされた。

「どうぞ」

 返事をして中へと促せば、クラウスが入ってきた。クラウスが来たのでリジーが気を遣って部屋を出て行く。彼はエルヴィアナが起きているのを見て、安堵したように身を竦めた。

「目が覚めたんだな。よかった」

 もしかしたら三日の間、心配して度々見舞いに来てくれていたのかもしれない。

「迷惑をかけてごめんなさい」
「謝らなくていい」

 クラウスがそのままこちらに近づいて来るのを見て、はっとする。

(わたし……三日間もお風呂に入ってない……!?)
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね

さこの
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。 私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。 全17話です。 執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ​ ̇ ) ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+* 2021/10/04

【完】婚約者に、気になる子ができたと言い渡されましたがお好きにどうぞ

さこの
恋愛
 私の婚約者ユリシーズ様は、お互いの事を知らないと愛は芽生えないと言った。  そもそもあなたは私のことを何にも知らないでしょうに……。  二十話ほどのお話です。  ゆる設定の完結保証(執筆済)です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/08/08

処理中です...