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「クラウス様はなんにも悪くないわ。わたしはね、あなたにそうやって自責してほしくなかったの」

 どの道、エルヴィアナは助からないかもしれないのだ。なら、何も知らないまま、エルヴィアナを嫌いになったままお別れした方が悲しみも少ないと思ったのだ。不器用なりの優しさだったが、結局彼を傷つけてしまった。

「何も言ってくれなくて、君一人に背負わせる方が、俺にとってずっと苦しいに決まっているだろう」
「そうね。……ごめんなさい、反省する」

 そっと手を離すと、彼は俯いたまま言った。

「魔獣はまだ見つかっていないのか」
「ええ」

 これまでブランツェ公爵家で雇った傭兵たちに捜索させていた旨を話した。

「少し妙なの。あれだけ目立つ見た目をしていれば早々に見つかっていたはず。あの森は国王陛下の遊興のためにいつも整備されていて、小さな規模だし……」

 かなりの大人数で探してきたのに、手がかりひとつ見つからなくて。見た目だけは愛らしいから、きつねやうさぎと間違えられて誰かに捕まってしまったのかもしれない。もしそうなら、見つかる可能性はぐっと下がる。  
「昔……王女が珍しい獣を拾ったと自慢していた」
「王女様が?」
「その獣は――白い毛に青と金のオッドアイだと。ちょうど、例の狩猟祭のあとだった。瑣末なことと思い聞き流していたんだが」
「それって……まさか……」

 あの魔獣はルーシェルが所有している可能性があるということか。
 クラウスが険しい顔をして頷く。

 王女は、エルヴィアナの呪いの話を聞いて、魔獣の捜索に協力すると言ってくれた。けれど、嘘をついてエルヴィアナとクラウスの仲を翻弄し、彼に好意を寄せていたことを踏まえると……。

(……あの魔獣を王女様が隠している可能性がある)

 邪魔者であるエルヴィアナを物理的に排除するために、呪いで死ぬのを待っていたとしたら。
 恐ろしくなって、背筋に冷たい汗が流れる。エルヴィアナは、ルーシェルに魅了魔法の呪いについて話してしまったとクラウスに打ち明けた。

 するとクラウスはしばらく思案したあと、暗い顔をしたエルヴィアナの頭を彼が撫でる。

「大丈夫だ。俺がなんとかする」

 どんなにままならない現状であっても、彼のそのひと声だけで安心してしまうから不思議だ。そっと目を閉じて、彼の手を堪能していると――。

「……エリィは、俺が大好きなんだな」 
「へっ!? な、なな……何を……」

 頬を赤くして唇を震わせる。クラウスはいたずらに口角を上げた。

「違うか?」
「…………」

 分かりきっているくせに、あえて聞いてくるのは意地悪だ。

「……そ、そうよ。ありがたく思いなさい」
「ふ。そうだな。君に慕ってもらえることほどありがたいことはないな」
「何がおかしいのよ。笑ったりして」
「素直じゃないところがいじらしくてな」

 一歩後ろに下がり、顔を逸らす。

「……いじわる。からかわないで」
「からかっているつもりではなかったんだが」
「魅了魔法に当てられているのに効いていないの? この力に当てられた人たちは、もっと理性を失うのに」

 すると、彼がずいとこちらに詰め寄ってきて囁いた。

「分からないか? 俺は元々――君に惚れていたということだ」
「……!」

 嘘みたいだ。だってエルヴィアナは沢山の男と遊んでばかりで、裏切りを働いてきたのだから。

「じゃ、じゃあ、婚約解消しようとしたとき、君のことが嫌いって言おうとしたのは?」
「君の早とちりだ。……エリィがどんな悪女でも、嫌いになれない。そう言おうとした。別れるのは考え直してほしいと説得しようとしていた。君は人の話を最期まで聞かないところがある」
「ごもっともです」

 もしかしたら彼は、エルヴィアナのことを不審に思いながらも、理屈ではどうにもならない愛情を内側に抱えてきたのかもしれない。それを知ろうともせずに、エルヴィアナは逃げてしまった。

「それに、魅了魔法程度で吹き飛ぶほどヤワな理性ではない」
「だいぶ吹き飛んでいたわよ(過去話参照)」

 呆れ混じりの半眼を浮かべる。

「……あれは演技だ」
「嘘つき」

 さすがに瞳の奥にハートを浮かべてべったりくっついてきたのは、素だろう。多少なりとも魅了魔法の影響は受けていたはずだ。あれが演技だとしたら主演男優賞ものだ。

 エルヴィアナはそっと地面に落ちた飾り紐を拾い上げて、土を手で払った。それをクラウスの剣の柄に結びつける。

「怪我、しないようにね」

 そのとき、エルヴィアナの髪を飾るクラウスと対の飾り紐のビーズが、陽光を反射してきらりと光った。
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