23 / 50
23
しおりを挟む「突然婚約を解消しようとしたのは、俺が王女に心変わりしたと思ったからか? それとも他に理由があるのか?」
「……あなたが、王女様に笑いかけていたから」
「それだけのことでか? ただ笑いかけていただけで、早とちりしたのか」
微笑んでいただけで傷ついたのは確かだ。でもそれだけではない。
「……王女様本人がおっしゃっていたの。クラウス様と思い合っていると」
「それは事実ではない」
「え……」
まさか。ルーシェルが嘘をついていたというのか。でも冷静に考えれば、ルーシェルの態度は終始怪しかった。彼女の言葉に踊らされて、クラウスに直接確かめることもせずに全部分かった気になっていた。クラウスのこととなると、冷静な判断ができなくなってしまうのだ。
クラウスの鋭い眼差しち射抜かれて、一歩後ずさる。しかし彼に逃げるなと言われて、両肩を掴まれる。
(おかしい。魅了魔法に当てられているはずなのに、こんなに理性を保っていられるなんて)
今までにこんな人はいなかった。魅了魔法に当てられた男たちは、揃いも揃って恍惚とした表情をして目の奥にハートを浮かべ、自我を失ったようになる。けれどクラウスは、魅了魔法をかけられているにも関わらず、あろうことかエルヴィアナの頬を叩き叱咤してきている。
「……あなたが好きなのは、王女様なの。今は思い出せないだけで」
もうこれ以上隠しきれない。そう思い、泣きそうになりながら弱々しく漏らす。
「……クラウス様は――わたしの魅了魔法にかかっているから」
「知っている」
それは、思いもよらない返事で。
「!」
思わず目を見開き、手から飾り紐が滑り落ちて地面に転がる。どうして、どうしてバレたのだろう。分からない。
「ようやく話してくれたな」
色んな感情が込み上げてきて、目を泳がせる。
「どうして、」
「ずっと妙だと思っていた。君みたいな生真面目な女性が、遊びに耽けるなどありえない。それでも、俺がつまらない男だから愛想を尽かされたのだと考えていた。だが、婚約破棄を告げられた日。君が放った光を浴びた瞬間に気づいた。――呪いのことを」
そう言ってクラウスはこちらに歩んで来て、エルヴィアナの右腕を捲り上げた。魔獣に噛まれた痕が、古代文字のような痣になっている。彼はそれを見て悲しそうに眉をひそめた。
あのとき、腕から光を放ったのを見たクラウスは、エルヴィアナが13歳の狩猟祭のときに変わった獣に噛み付かれたのを思い出したという。その光と原始の時代に存在していた魔法を結びつけて、調べることにした。
まずは、エルヴィアナの実家に行った。けれど両親も、エルヴィアナと一番親しいリジーも、腕の怪我にまつわる一切の沈黙を守った。
次に、エルヴィアナの主治医に聞きに行った。彼も、「エルヴィアナに口止めされている」の一点張りだった。そして最後に。神殿に行くと、気のいい神父がクラウスに全てを打ち明けたという。
――エルヴィアナは魔獣に噛まれたせいで、魅了魔法の呪いにかかり、命を削られているということ。そして、そのことでクラウスに負い目を感じさせないように、全て隠して平静を装ってきたこと。
「エリィが変貌していったのは、13歳の狩猟祭のころだった。今まで何も気づかず、君に不信感さえ抱いていた自分が情けない」
クラウスは鈍い人だ。それを分かっていて騙していたのはエルヴィアナで。悪いのは全部エルヴィアナなのに。
「すまない。俺のせいで君に苦しいものを背負わせてしまった。あのとき獣に構わなければ、呪いにかかることもなかった。全て俺のせ――」
「違うわ」
彼の両頬を手で包む。
「……エリィ」
そのまま首を横に振った。
206
お気に入りに追加
3,664
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう
さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」
殿下にそう告げられる
「応援いたします」
だって真実の愛ですのよ?
見つける方が奇跡です!
婚約破棄の書類ご用意いたします。
わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。
さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます!
なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか…
私の真実の愛とは誠の愛であったのか…
気の迷いであったのでは…
葛藤するが、すでに時遅し…
お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね
さこの
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。
私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。
全17話です。
執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ ̇ )
ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+*
2021/10/04
【完】婚約者に、気になる子ができたと言い渡されましたがお好きにどうぞ
さこの
恋愛
私の婚約者ユリシーズ様は、お互いの事を知らないと愛は芽生えないと言った。
そもそもあなたは私のことを何にも知らないでしょうに……。
二十話ほどのお話です。
ゆる設定の完結保証(執筆済)です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/08/08
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる