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しおりを挟む「……王女様」
深く頭を下げて礼を執る。彼女はつかつかとこちらに歩いてきて、身をかがめながら耳元で囁いた。
「クラウス様と別れてくださる約束でしたでしょう? それがどうして急に仲良くなっていらっしゃるのよ。わたくしへの嫌がらせですか?」
「申し訳……ありません」
(……って、なんでわたし、浮気相手に謝っているんだろう)
本来、不義理を働いているのはルーシェルの方だ。こちらが下手に出るのは妙である。
邪魔者の自分は本気で身を引くつもりだった。でも、想定外に魅了魔法が発動してしまい、婚約破棄を失敗してしまって、それからというもの、甘やかしている婚約者に絆され気味だ。
「……ひどいです。クラウス様はわたしのものなのに、お奪いになるなんて」
両手で顔を覆い、しおらしげに泣く彼女。
「わたしのもの」も何も、彼は一応エルヴィアナの婚約者であり、略奪しようとしているのは彼女の方で。奪うという表現はちょっと見当違いだ。
(クラウス様は本当にこの方のことがお好きなの……?)
自分本位でわがままな印象があるルーシェル。あまり理性的でない彼女のどこを気に入ったのだろうか。そもそもクラウスは、婚約者がいるのに浮気をするような不誠実な人ではない。
ルーシェルの言葉を鵜呑みにして、勢い余って別れを切り出したが、真相は未だに闇の中。魅了魔法をかけてしまった以上、今のクラウスの頭の中にはエルヴィアナのことしかないだろうが。
(でも一応……王女様には本当のことをお話しするべきよね)
彼女が言うように、本当に二人が想い合っていたというなら。ルーシェルには魅了魔法の真実を知らせておくべきだろう。
「王女様にお話ししなければならないことがあります」
二人でベンチに座り、事の顛末を打ち明けた。家族とリジー以外には初めて話す。13歳の狩猟祭から今に至るまでを、包み隠さず全て伝えた。
「――つまり、その魔獣を見つけて退治すれば、クラウス様の魅了も解けるということ?」
「はい」
そうしたら、彼はルーシェルに惚れている心を取り戻すことになるだろう。エルヴィアナの元を離れて、彼女の元に行くのだ。
「まさか、あなたが悪女と言われてきた背後にそのような事情があったとは思いませんでしたわ。苦労されてきたのね」
「……ええ」
「ご自分の名誉を傷つけてまでクラウス様を気遣うだなんて……。そんなにあのお方のことを想っておいででしたの」
こくんと頷けば、彼女は呆れたように「不器用な人ですね」と漏らした。もっと違うやり方はあったのかもしれない。けれど、エルヴィアナはクラウスを守るために沈黙する道を選ぶことしかできなかった。
「協力いたしますよ。その魔獣の捜索」
「本当ですか?」
「二言はありません。王城の裏の森なら、城の者に指示しておきましょう。もちろん、呪いの件は口外しないとお約束しますわ」
すっとベンチから立ち上がるルーシェル。
「ありがとうございま、」
「――でも。もし魔獣が見つからなければ、あなたは死にますのよね? そう遠くないうちに」
感情の読めない表情を見たとき、背筋がゾクッとした。そこはかとなく狂気を感じてしまって。恐る恐る頷くと、彼女はにこりと天使の笑顔を浮かべながら、「そうならないように一緒に頑張りましょう」と優しく言い残して、踵を返した。
背を向けたルーシェルが、意地の悪い笑顔を浮かべているのを、エルヴィアナは知らない。
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