【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ

文字の大きさ
上 下
10 / 50

10

しおりを挟む

「……王女様」

 深く頭を下げて礼を執る。彼女はつかつかとこちらに歩いてきて、身をかがめながら耳元で囁いた。

「クラウス様と別れてくださる約束でしたでしょう? それがどうして急に仲良くなっていらっしゃるのよ。わたくしへの嫌がらせですか?」
「申し訳……ありません」

(……って、なんでわたし、浮気相手に謝っているんだろう)

 本来、不義理を働いているのはルーシェルの方だ。こちらが下手に出るのは妙である。

 邪魔者の自分は本気で身を引くつもりだった。でも、想定外に魅了魔法が発動してしまい、婚約破棄を失敗してしまって、それからというもの、甘やかしている婚約者に絆され気味だ。

「……ひどいです。クラウス様はわたしのものなのに、お奪いになるなんて」

 両手で顔を覆い、しおらしげに泣く彼女。
「わたしのもの」も何も、彼は一応エルヴィアナの婚約者であり、略奪しようとしているのは彼女の方で。奪うという表現はちょっと見当違いだ。

(クラウス様は本当にこの方のことがお好きなの……?)

 自分本位でわがままな印象があるルーシェル。あまり理性的でない彼女のどこを気に入ったのだろうか。そもそもクラウスは、婚約者がいるのに浮気をするような不誠実な人ではない。

 ルーシェルの言葉を鵜呑みにして、勢い余って別れを切り出したが、真相は未だに闇の中。魅了魔法をかけてしまった以上、今のクラウスの頭の中にはエルヴィアナのことしかないだろうが。

(でも一応……王女様には本当のことをお話しするべきよね)

 彼女が言うように、本当に二人が想い合っていたというなら。ルーシェルには魅了魔法の真実を知らせておくべきだろう。

「王女様にお話ししなければならないことがあります」

 二人でベンチに座り、事の顛末を打ち明けた。家族とリジー以外には初めて話す。13歳の狩猟祭から今に至るまでを、包み隠さず全て伝えた。

「――つまり、その魔獣を見つけて退治すれば、クラウス様の魅了も解けるということ?」
「はい」

 そうしたら、彼はルーシェルに惚れている心を取り戻すことになるだろう。エルヴィアナの元を離れて、彼女の元に行くのだ。

「まさか、あなたが悪女と言われてきた背後にそのような事情があったとは思いませんでしたわ。苦労されてきたのね」
「……ええ」
「ご自分の名誉を傷つけてまでクラウス様を気遣うだなんて……。そんなにあのお方のことを想っておいででしたの」

 こくんと頷けば、彼女は呆れたように「不器用な人ですね」と漏らした。もっと違うやり方はあったのかもしれない。けれど、エルヴィアナはクラウスを守るために沈黙する道を選ぶことしかできなかった。

「協力いたしますよ。その魔獣の捜索」
「本当ですか?」
「二言はありません。王城の裏の森なら、城の者に指示しておきましょう。もちろん、呪いの件は口外しないとお約束しますわ」

 すっとベンチから立ち上がるルーシェル。

「ありがとうございま、」
「――でも。もし魔獣が見つからなければ、あなたは死にますのよね? そう遠くないうちに」

 感情の読めない表情を見たとき、背筋がゾクッとした。そこはかとなく狂気を感じてしまって。恐る恐る頷くと、彼女はにこりと天使の笑顔を浮かべながら、「そうならないように一緒に頑張りましょう」と優しく言い残して、踵を返した。

 背を向けたルーシェルが、意地の悪い笑顔を浮かべているのを、エルヴィアナは知らない。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

田舎者とバカにされたけど、都会に染まった婚約者様は破滅しました

さこの
恋愛
田舎の子爵家の令嬢セイラと男爵家のレオは幼馴染。両家とも仲が良く、領地が隣り合わせで小さい頃から結婚の約束をしていた。 時が経ちセイラより一つ上のレオが王立学園に入学することになった。 手紙のやり取りが少なくなってきて不安になるセイラ。 ようやく学園に入学することになるのだが、そこには変わり果てたレオの姿が…… 「田舎の色気のない女より、都会の洗練された女はいい」と友人に吹聴していた ホットランキング入りありがとうございます 2021/06/17

【完】婚約者に、気になる子ができたと言い渡されましたがお好きにどうぞ

さこの
恋愛
 私の婚約者ユリシーズ様は、お互いの事を知らないと愛は芽生えないと言った。  そもそもあなたは私のことを何にも知らないでしょうに……。  二十話ほどのお話です。  ゆる設定の完結保証(執筆済)です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/08/08

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

あなたの姿をもう追う事はありません

彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。 王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。  なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?  わたしはカイルの姿を見て追っていく。  ずっと、ずっと・・・。  でも、もういいのかもしれない。

処理中です...