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しおりを挟むクラウスが帰って行った後。疲労困憊したエルヴィアナは重い体を引きずるように部屋に戻った。
制服を脱ぎ、ドレスに着替える。鏡台の前でメイドのリジーに髪を梳かしてもらいながら、大きなため息をついた。
(大変なことになってしまったわ)
別れ際のことを思い出して、またかっと顔が熱くなる。
クラウスは嫌いなはずのエルヴィアナに口付けを要求し、あまつさえ自分も間接的にキスを落として帰って行った。
婚約者の豹変ぶりにエルヴィアナは当惑していたけれど、リジーは心底嬉しそうに言った。
「お嬢様、良かったですね……! ようやくクラウス様との関係が修復できて。仲の良さそうなご様子を見れて凄く嬉しいです」
主人の長い黒髪を梳かしながら、涙ぐんでいるリジーが鏡越しに見えた。
「クラウス様を守って魅了魔法の呪いにかかったこと、ようやく打ち明けられたんですよね?」
「……違うわ。話してない。クラウス様にもその魅了魔法をかけてしまったみたいなの」
「ええっ!? い、今までは問題なく過ごせていましたのに……」
リジーはブラシを持っていた手を下ろし、残念そうに肩を落とした。
魅了魔法のことをクラウスに話せていない理由。それは、この能力が目覚めたきっかけにある。
◇◇◇
13歳のとき。クラウスとエルヴィアナは毎年恒例の国王主催の狩猟祭に参加した。大人たちの狩猟を遠くから見るだけだったが、王館裏の森を散歩することにした。
「――手」
エルヴィアナは、湿った土を踏み歩きながら、おもむろに手を差し伸べる。
「はぐれないように、繋いでいてあげる」
「ふ。それはありがたいな」
「何がおかしいのよ。笑ったりして」
「いや、何でも」
エルヴィアナは昔からふてぶてしくてあまり素直ではなかった。はぐれないようにするためではなく、本音はただ彼と手を繋ぎたいだけ。クラウスは、その心を見抜いたように笑った。手を繋ぎながらのんびり森の中を散歩していると、その途中で見たこともない獣に遭遇した。
「珍しい獣だ。……外来種だろうか」
ガサッと音を立てて茂みの奥から現れた獣は、白い毛に包まれ、きつねとうさぎの中間のような見た目をしていた。瞳は青と金のオッドアイで、黒い尻尾が生えている。
「エルヴィアナによく似てる」
「え、どこが?」
「目元とか」
確かにつり上がった目がよく似ていた。エルヴィアナは目つきが悪いと言われるのがコンプレックスだったので、むっと頬を膨らませる。
しかし、クラウスは獣を優しい眼差しで見つめながら、「可愛い」と呟いた。まるで自分がそう言われているようで、心臓がどきっとする。顔をぶんぶんと横に振って、乱れた心を一旦落ち着かせる。
「無闇やたらに近づかない方がいいわ。野生の動物はどんな病気を持っているか分からないから」
その場を離れようと提案したが、動物好きのクラウスは、興味深そうに獣を観察していた。獣はクラウスに近づいて、足に頬を擦り寄せた。しかし、彼が獣の頭を撫でようと手を伸ばしたとき……。獣がクラウスの死角で牙を剥いているのを見た。
「危ない!」
咄嗟にクラウスを引っ張り、獣から離れさせる。飛びかかってきた獣に、エルヴィアナは右腕を噛まれた。
「…………っ」
「エルヴィアナ!?」
「大丈夫。ちょっと噛まれただけ。平気よ」
けれど、噛まれたところを確認すると、禍々しい妙な痣ができていた。
(何、この痣……)
「怪我の具合を見せてくれ。すぐに手当を、」
「だ、大丈夫、大したことないから!」
痣を見てこの怪我はただの怪我ではないと察した。だかは、彼に心配をかけないようにエルヴィアナは患部を見せずに、咄嗟に袖で隠したのだった。
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