【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ

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 庭園は手入れが行き届いている。新緑はみずみずしく、花は色調豊かだ。

 人気のない石畳の噴水広場までクラウスを連れ出した。ぴたりと歩みを止めて、着いて来ていた彼の方を振り返る。ヒールが石畳を蹴るこつんという靴音が、噴水の水音に混じって響いた。

 爽やかな風が、クラウスの艶のある金髪をなびかせている。金色のまつ毛が縁取るつつじ色の瞳は、いつ見ても吸い込まれそうなくらいに綺麗だ。

 エルヴィアナは彼を見据えて、玲瓏と告げた。

「――婚約を解消しましょう。クラウス様」

 風に吹かれて顔にかかった前髪を手で退けながら、そっと目を伏せる。

(クラウス様……どんな顔をなさってるんだろう。怖くて見れない)

 ずっと、クラウスのことは大好きだった。
 彼は今でこそすっかり冷たくなってしまったけれど、昔は大事にしてくれた。彼とは幼馴染で、小さい頃から長い時間を過ごしてきた。楽しい思い出が沢山ある。

 子どもの頃は女の子みたいな見た目をしていて、同じ年頃の子どもたちと馴染めず、気弱で泣き虫だった彼。でも、エルヴィアナの前だけはよく笑って楽しそうにしていた。エルヴィアナもまた、成長と共にたくましくなっていく彼に、いつしか恋心を抱くようになっていた。

 十三歳になって魅了魔法の呪いを受けてしまってからは、彼にひどく失望されてしまった。エルヴィアナの前で全く笑わなくなり、口癖のように言ってくれていた「大好き」の言葉もなくなって。
 彼に嫌われていくのが怖くなって、エルヴィアナは一方的に避けてきた。

(彼の心はわたしにはない。今はもう、王女様のことが……)

 唇を固く引き結ぶ。

「理由を聞かせてくれるか」
「……ご自分の胸に聞いてみては?」

 他の人に恋しているんでしょ、なんて惨めなこと口に出せるはずがない。すると、上から寂しげな声が降ってきた。

「俺のことが嫌いになったんだな」
「はい?」

 違う、そうじゃない。嫌われているのはむしろこっちの方では。予想外の言葉に戸惑っていると、彼が続けた。

「とうの昔に気付いていた。君の心が俺にないこと。いつかこんな風に、別れを切り出されるのではないかと思っていた。もう俺に希望はないのか? 俺を避けるばかりで、挽回する機会を与えてもくれないのか?」
「え……」

 切々とした声で告げられて、咄嗟に顔を上げると、クラウスは寂しそうな顔を浮かべていて。

(なんでそんな悲しい顔……)

 男をいつもはべらせている嫌われ悪女の婚約者に愛想が尽きて、王女に心変わりしたのではなかったのか。

 これではまるで、エルヴィアナを想っていて、関係修復を望んでいるようだ。
 エルヴィアナだって、叶うなら昔みたいに彼と仲良くしたい。別れたくない。でも自分のせいでこの人の足をこれ以上引っ張りたくもない。

「何……言ってるのよ。わたしのこと、軽蔑してるくせに」
「ああ。君は不誠実な人だ。婚約者がいながら他の男に脇目を振り続けた。……人して最低最悪だ」
「…………」

 ばっさりと告げられて、胸の奥が痛くなる。やっぱり、期待したところで無駄なことだ。嫌われているに決まっているのだから。

 気まずい沈黙の後、そのまままっすぐ見つめられ、彼の薄い唇が言葉を紡ぎかける。

「俺は君のことが、きら――」

(嫌、聞きたくない……)

 好きな人から「嫌い」だと告げられるのはダメージが大きすぎる。怖くなってぎゅっと瞼を閉じた刹那――。

 パアアアッ……。

 眩い光が離散し、はっとして目を開いた。目を開けていられないくらいの白い光に包まれた直後。

「君のことが、好きすぎる」

 ついさっき、嫌いだと言いかけていた相手から、全く逆の言葉を言われて、拍子抜けする。

「へっ」

 思わず変な声が出てしまう。

「――今なんと?」
「君のことが好きすぎる。傍にいると胸がときめいて仕方がない。抱き締めてしまいたくなる」
「!?!?」

 彼は「もっと近くで顔が見たい」などと訳の分からないことを言ってこっちに迫ってくる。クールで掴みどころのない彼からは考えられないセリフだ。それに、いつも頑なに動かない表情筋が緩みまくっていて、頬が上気している。

 これは、完全に――。

(クラウス様、魅了魔法にかかってる!?)

「エルヴィアナ」
「――きゃっ」

 腰に手を回され、ぐいっと腰を抱き寄せられる。間近に彼の端正な顔があって、久しぶりに見る笑顔にどきどきと脈動が加速していく。そして彼は、とびきり甘い表情で囁いた。

「ああもう、本当に可愛い。大好きだ」
「…………」

 何年かぶりに聞いた「大好き」の言葉。今のクラウスは魅了魔法に当てられているだけ。これは彼の本心じゃない。本当はエルヴィアナのことを嫌っていて、今の彼が慕っているのはルーシェルだ。分かっているのに。

「……! エルヴィアナ……」

 目から涙が頬に伝った。
 どうしてこんなに胸が高鳴ってしまうのだろう。湧き上がってくる感情を抑えきれず、涙が出てしまった。なけなしの理性をかき集めて、彼の体を押し離す。

「世迷言を……。目を覚ましなさい。わたしは沢山の男の人をたぶらかす最低最悪の悪女なのよ?」

 すると、彼のしなやかな手が伸びてきて、頬を包まれる。優しい手つきで涙を拭われた。

「悪女でも構わない。君は魅力的だから愛されるのは当然だ。むしろ皆に愛される素敵な人が婚約者で俺は果報者だ。……だから泣くな。君が泣いていると、切なくて気が狂いそうになる」

 彼の手を振り払って、がしがしと袖で涙を拭った。

「……手に負えないわね」
「すまない。だが別れるなんて言わないでくれ。君を失ったら生きていけない」

 しゅんとしおらしげに懇願されては、拒むことができない。だって、エルヴィアナも彼のことが大好きだから。

(だめ、今のこの人に絆されちゃ。だめなのに……)

 今の言葉が本心ではなく偽りだったとしても、首を横に振ることができない。

「分かっ……たわ」
「よかった、嬉しい。ありがとうエルヴィアナ」

 ぎゅっと両手を包み込まれ、きらきらと輝く笑顔で感謝される。

 婚約を解消するつもりが、破局寸前で予想外の展開になってしまった。そして結局、王女との関係については聞けずじまいだった。
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