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1巻

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 世界の力が、人の感情にまで影響されていなくて良かった。父上は俺に優しかったし、ノエルも闇属性の兄がいたのを知っているのか、他の者より闇属性に甘い。リュカは自由すぎて、本来は攻略対象者でない俺を落とそうとしてきている。
 第四ダンジョンで俺がリュカと共に落ちたのも、あそこにいた中でリュカに最も好意を抱いているのが、俺だったからだろう。あれだけ共に依頼をこなしたり夕飯を食べたり、遊んだりすれば、友人と認識するくらいの好意は持つ。
 まぁ女性であるヒロイン達より、男の俺のほうがリュカを好きというのには、気恥ずかしさがあるけれども。彼は俺以外と出かけたり、セックスしたりしていないのだろうか? ……あれほどの女性達に囲まれていれば、さすがにするよな。
 ともかくあの場面では、一緒に落ちたヒロインを、主人公が介抱する。それが俺の場合、魔力を使い切らせて気絶させるしか、介抱させる状況を作り出せなかったんだろう。だから空が存在する自然階層まで落とされた。やはり、世界によって。
 世界の力が作用するのがダンジョン内のみなら、憂いはない。だが章が進むにつれて、街でもイベントが起こるようになる。
 もしも、リュカがシナリオ通りにヒロイン全員を仲間にしてきたのが、世界の意思ならば。
 ダンジョンの外でも、世界の力が働くとすれば。
 ――……俺は、死ぬだろう。
 九章後半。ザガンはダンジョン攻略後に闇組織と衝突し、彼らの召喚した五体のダークドラゴンと戦うも敵わず殺害されて、集めた六つの星の欠片を奪われる。また、都市を破壊するこのダークドラゴンは主人公達が倒すものの、多くの人間が犠牲になる。
 そのような惨憺さんたんたる出来事が、これから現実で起きるかもしれない。
 もちろん死にたくないので抗うし、人々が死ぬのも阻止したい。けれど現状、俺は闇組織とまったく接点がないのだ。彼らが現在どうしているかもわからない。こちらから探って下手に刺激するのも避けたいので、今は静観するしかない。
 ――《闇組織》。文字通り、闇属性の者達が集まった組織である。産まれた時から迫害され、存在を否定されてきた者達。
 ソレイユ王国の人間達は、相手が闇属性であれば、迫害するのが当然だと認識している。闇属性が街を歩いていれば、我先にと石を投げる。傷付いた姿を見て嘲笑い、こちらが反撃すれば傷付けられたと被害者面をする。我々が誰かを殺すのは許さないくせに、彼らが闇属性を殺しても罪には問われず、むしろ周囲から褒め称えられる。
 邪神によって幾度も滅ぼされかけた国であるがゆえに、いつしか根付いた意識。
 だから闇組織は、この国を滅ぼそうとしている。


       *


 五月六日、第五都市に到着。しかし午後四時過ぎという中途半端な時間だったし、実は第五都市に来たのは初めてで、どこに何があるのかわからなかった。
 そもそも俺は、冒険者になったあとも基本はエトワール大森林に住んでいるので、隣接している街にさえ数回ずつしか行ったことがない。大都市で隣接しているのが第十二~第四都市なので、今まではさほど困らなかっただけ。
 とにかく外門付近にある都市の案内板を確認したら、ひとまず冒険者ギルドに向かった。どの街でも冒険者ギルドは外門近くにあるし、デカいのでわかりやすい。
 建物内に入ると、タイミング良……いのかどうかはわからないが、リュカがいた。彼は俺を見つけると、嬉しそうに駆け寄って、抱き付いてくる。

「ザガン、俺に会いに来てくれたんだね! すごく嬉しいよ」
「俺は冒険者だ、冒険者ギルドに来るのは当然だろう。お前に会いに来たわけではない。あと人前で抱き付くな」
「それじゃあ、今すぐ人前じゃないところに行こうか」
「行くわけないだろう」

 ふふっと笑うリュカをカウンターに引き摺っていき、まずは道中で仕留めたモンスターの、不要な素材の売却を行う。
 いらっしゃいませと声をかけてきたギルド職員にカードを見せると、とても驚かれた。広大なソレイユ王国に、五十人いるかいないかというSランク。そして名前を確認された途端、その者の顔が強張こわばるのも、いつものことだ。
 ちなみにSランクが少ないのは、登録するだけで誰でもなれてしまう冒険者よりも、厳選された騎士や魔導師のほうが、強者が集まるからだろう。
 国所属となる師団は大多数が貴族で編成されているが、収入が安定するので、騎士や魔導師は憧れの職業として民間人でも目指す者は多い。だが試験がある。強くなければ受からない。だからこそ、自分の実力を試そうとする強者が集まっていく。
 ひとまず素材を売却し終えて、星の欠片ダンジョンに潜るための弁当も注文したら、リュカを引き摺りながら掲示板前に移動した。Sランクの依頼は、星の欠片ダンジョンしか貼られていない。Aランクも、急を要するものはなさそうだ。
 Gランクを見る。目に付いたのは、動物園の清掃。
 この都市には動物園があるのか。そういえば誰かの個別イベントに、動物園デートがあった気がする。……そうか、動物園か。
 再びカウンターに戻り、第五都市のガイドブックを購入した。邪魔にならない壁際に移動して、地図で動物園の場所を確認する。これか。敷地面積広いな。
 ここからだと、馬車で行くのが良さそうだ。それでも一時間はかかりそうだが。大都市なので魔導列車もあるものの、残念ながら動物園付近には通っていない。自転車なら近道出来るかもしれないが、あまり冒険者らしくないし、フードが脱げてしまうので却下。
 ガイドページで、開園時間も調べておく。朝九時からか。

「動物園に行きたいの?」
「ああ。……あ、いや。少し気になるだけだ」

 後ろから腰に腕を回したまま離れないリュカが、フードを少し退かして、顔を覗き込んできた。そんなに俺と目を合わせたいのか。照れてしまうから止めてほしい。あと頬が赤らんでいたからといって、ふふっと耳元で笑うのも止めてほしい。

「ザガン可愛い。じゃあ明日、一緒に行こうか。朝から待ち合わせて、動物園デートしよう」
「は? 俺と行くのか?」
「えっ、駄目なの」

 思わず聞いてしまい、驚かれた。でも驚いたのは俺のほうである。ヒロイン達はどうした?
 確かに先月までは、俺の好感度が一番高かったかもしれない。
 だが『リュミエール』は、メインストーリーを進めながら、期間内に規定以上まで好感度を上げて個別イベントを発生させていくタイプの恋愛シミュレーションなので、誰が一番高いかは時々しか関係しない。最終的に攻略必須の個別イベントを全部発生させたヒロインの中から選んで、エンディングを迎えるのだ。
 もちろん必須イベントをバッティングしないように全部発生させて、全員同時攻略が出来れば、ハーレムエンドも選べる。
 第四ダンジョン攻略後から昨夜までで、リュカは彼女達とさらに仲を深めただろう。毎夜六人から選びたい放題なので、セックスもしているはずだ。むしろしていなければ、エロゲ主人公ではない。こんなイケメンを、女性達が放っておくとも思えない。
 だからこそ俺だけに時間を割いてないで、ヒロイン達とのイベントを発生させるべきだ。

「……お前には仲間がいるだろう。アイツらとは行かないのか?」

 促すつもりで聞くと、リュカは困ったように眉尻を下げた。

「旅の仲間ではあるけど、デートに誘いたい相手ではないかな。何もしていないザガンに、闇属性というだけであんなに敵意を向けるし、攻撃態勢にも入っちゃうし。さすがにノエル……ザガンに敵意を向けなかった子ね。あの子は幼馴染だから、誘われたら行くけど。でも俺からデートに誘うのは、ザガンだけだよ」

 なんと、ヒロインの誰も攻略していないとは。もしやセックスすらしていないのか? エロゲ主人公なのに。王子なので、セフレの数人くらい許されそうなのに。
 いやもちろん、誠実なのは良いことだ。
 しかし現状、ノエル以外の好感度が低い気がするんだが、大丈夫だろうか。
 実はノエル以外のヒロインは、九章終了時点で好感度二〇以下だと、十章の都市到着までに仲間から抜けてしまう。しかもモブやモンスターによる凌辱りょうじょく付き。あくまでもゲームの話だが、彼女達にそのような残酷な道は辿ってほしくない。

「ザガン、どうしたの? 何か悩んでる? それとも、俺と動物園に行くのは嫌?」

 悲しそうな声に、慌てて首を横に振る。

「嫌ではない。ただ……仲間とはそれなりに良好な関係を築いておかないと、大変ではないかと思っただけだ。俺自身に仲間がいたことがないから、ハッキリしたことは言えないが……信頼関係がなければ、共に戦えないのではないか? 連携が上手くいかないと危険に陥る可能性もあるだろうし、何より俺に勝てないぞ」

 リュカが少しでも彼女達との仲を深めるよう、それとなく挑発しておく。俺に勝てなくても問題ないが、男として負けっぱなしなのは悔しいはずだ。それに九章終了までに好感度二〇以上という条件なら、会話や鍛錬だけでも間に合う。

「確かに信頼関係は大事だね。仲間としては充分良好な関係を築いているつもりだし、ザガンに敵意を向けた件については、キレたノエルを宥めるほうが大変だったけど。……そうだね、彼女達が喧嘩しないように、もう少し気にかけてみるよ」

 いや、ノエルがキレたって。ヒロイン達が俺に敵意を向けた程度で、どうしてキレるんだ。自分だけ拘束されて戦えなかったのが、悔しかったのか? あるいは他の理由があるのか。
 気になるが、兄妹とバレるわけにはいかないので聞けない。

「ふふ、そんなに俺を心配してくれるなんて、ザガンはホント優しいなぁ。ありがとう、ザガン。とりあえず明日は、俺と一緒に動物園に行こうね」
「…………わかった」

 リュカがどうしても俺と行きたいのであれば、付いていってやらなくもない。
 というわけで待ち合わせ時間や場所の相談をし、そのあとは一緒にギルド周辺を散策して、見つけた酒場で早めの夕飯を食べた。


       *


 リュカはエロゲ主人公でありながら、誠実な男らしい。しかも攻略相手は、まさかの俺。ゲームと違って、悪役ではないからだろうか? しかしエロゲ主人公なら、普通は男を恋愛対象として認識しないはずだ。ヒロインに男の娘がいるからか?
 そういえばベネットのシナリオは、王子である主人公を好きになるも、妊娠出来ない身体なので悩むという内容だった。自分には跡取りを産めない、王子に相応しくないと。だがカミラに相談すると、男でも妊娠可能になる薬を開発してくれる。よってベネットを攻略するには、カミラがパーティーから離脱しないことが必須である。
 つまりあの二人がいると、俺さえも妊娠出来てしまうかもしれないと。……恐ろしいな。闇組織より確実に恐ろしい。リュカには絶対言わないようにしよう。
 俺はリュカが王子だろうと気にしない。むしろ闇属性の俺と本気で一緒にいたいなら、リュカが王子身分を捨てるしかない。


 翌朝、天気は晴れ。宿でトイレや歯磨き洗顔を済ませたら、服を選ぶ。
 今までは依頼ついでに誘われていたが、今回は待ち合わせてのデートなので、それらしい服を着るべきである。しかも場所は動物園。だから武器も防具もマントも身に付けるわけにはいかない。

「……これにするか」

 どうしようか悩んで、結局だぼっとした黒の猫耳パーカーを手に取った。以前街を歩いていて、店頭に並んでいるのを見かけた瞬間、衝動買いしたものである。
 ゲームのザガンからはかけ離れている服かもしれないが、中身は俺だし、これから行くのは動物園なので構わないだろう。だいたい私服は四着しか持っておらず、これ以外はただの黒パーカーばかりで、あまりデートっぽくないのだ。
 髪についてはヘアピンで前髪を留めて、でこ丸出しにした。あと耳裏から左右とも刺し、前から見えないようにする。戦闘するわけではないので、これで充分だ。
 ところでこの世界は、前世よりも服装の幅が広い。
 現在着ている前世と同じような私服はもちろん、前世だとコスプレになる格好も、ここでは防御力が付加された防具として普通に存在している。たとえ水着のようでも、レア素材で作られれば、防御力が高いのだ。しかも女冒険者は、ランクが高いほどに露出度も高い風潮がある。鍛えた美しい身体やレア防具を、周囲に見せ付けるために。
 ミランダが、まさにそのような格好をしている。ニナは盗賊風、カミラは魔女っ子、ベネットはメイド服、シンディはファンタジー司書。そして見習い騎士であるノエルは、騎士らしくしっかり甲冑を着けており、露出しているのは絶対領域のみだ。兄は安心である。
 もちろんデートイベントでは、全員私服姿だった。


 朝八時半、冒険者ギルド前。リュカは先に待っていた、のだが。
 なんだあのイケメン。どこのハリウッド俳優だ。ああ、王子だったか。ジャケットにズボンというシンプルな服装なのに、いつも以上にキラキラしているように見える。気のせいか?
 微妙に近付きたくなかったが、それでも動物園には行きたいので傍に寄る。
 俺に気付いたリュカは、声をかけようとしたまま、笑顔で固まった。こんな格好なので、驚くのも無理はない。普段のイメージと違う自覚はある。
 しかし我に返ったかと思えば、ぎゅうぎゅう抱き締めてきた。

「猫耳パーカーだなんて、予想外すぎるんだけど? 萌え袖まで押さえてるし。なんなの。なんで普段は格好良いのに、今日はそんなに可愛くなってるの? 俺を萌え殺す気かな?」
「え。殺すつもりはないが」
「しかも天然っ。ツンデレの天然なんて、最強じゃないか!」

 コイツ大丈夫か。俺は男だぞ。男のツンデレなんて需要ないぞ。
 ちなみに萌えも天然もツンデレも、この国では普通にある言葉だ。ゲームでも時々出てきたし、現実でもギルド内で何回か耳にしたことがある。
 抱き付いているリュカをどうにか退かして、大通りにある馬車乗り場へ移動。軽量馬車に乗り、一時間かけて動物園に向かった。
 園内はとても開放的だった。金網や檻がないからだろう。木や蔓、岩、水場などで動物達を上手く囲っているし、何より魔導バリアが張られている。
 この世界には魔力を利用した魔導具が数多く存在していて、魔導バリアもその一つだ。
 透明なので、金網で覆われていて動物が見えにくい、ということにはならないし、動物達からしても圧迫感がなくて良さそうである。また、バリアに触れると波紋が広がって壁があることを教えてくれるし、もしぶつかっても衝撃を吸収するので安心だ。
 それなりの魔法でなければ壊せない、優秀な魔導具である。
 ルートに沿って歩きながら、いろんな動物を観覧した。動物は好きだけど詳しいわけではないので、前世にもいた種類なのか、それともこの世界特有のものなのかはわからない。でも小動物のちまちま動く姿は可愛らしく、単純に癒される。
 特にこの区画は、掌サイズの動物ばかりだ。ハムスターがちょうど食事をしている。
 その様子をじっと観察していたら、突然手を繋がれた。思わず隣にいるリュカを見ると、ふわりと柔らかく微笑まれる。

「みんな動物に夢中だから。ね?」

 くっ、さすがはイケメンのコミュ強。俺には出来ないことを平然とやってのける。
 恥ずかしかったが、抵抗するとむしろ目立ってしまうので、そのままでいるしかなかった。
 だが区画から出ても手を放してくれないので、結局周囲から見られてしまう。この男、心臓がオリハルコンで出来ていないか?
 適当な店で昼飯を食べたあとは、ジャングル区画に行った。魔導トロッコに乗り、ジャングルのように緑溢れる道を、ゆっくり進んでいく区画。魔力が通っているレール上を浮いて進んでいくトロッコなので、揺れもなければ音もしない。
 とても優れた魔導具に感心しながらも、動物はしっかり観察する。
 時々バリアすれすれのところを通っているのか、ライオンやトラ、キリン、ゾウなど、様々な動物をかなり近くから見られた。迫力があって素晴らしい。
 なお二匹のトラが寄り添って歩いている姿を見ていたところ、リュカからキスされたので、腹パンしておいた。余所見していないで、常に動物を見ておけ。
 閉園前には、土産屋に寄った。デフォルメされた動物のぬいぐるみがたくさんあり、どうしてもその付近ばかりウロウロしてしまう。前世と違って大金を所持しているし、買ってもマジックバッグに入れれば邪魔にならないので、記念に何か買おう。
 しばらく悩んで、五十センチくらいのホワイトタイガーを手に取る。

「ザガン、それが欲しいの? 俺が買ってあげるね」
「いい。これくらい自分で買える」
「俺が買ってあげたいんだよ。そうすればこのぬいぐるみを見た時、俺と一緒に動物園に行ったんだって思い出せるでしょ?」

 なるほど、そういう考え方があるのか。さすがコミュ強。しかし俺だけでは不公平だろう。

「……わかった。ではリュカの分は、俺が買おう。何が欲しい?」
「ありがとう。せっかくだから、ザガンに選んでほしいな」

 なんと、俺が選ばなければならないのか。
 しかもリュカは俺からぬいぐるみを取ると、仲間達の土産も買うと言って、探しにいってしまった。仕方なく、再び店内を見回る。
 リュカが持っていても、おかしくないもの。格好良いものや、シンプルなものがあれば良いんだが。……あぁ、これなんかどうだろう?
 黒猫シルエットのレザーキーホルダー。スマートな形だし、動物園名が書かれた長方形レザーが格好良さを上乗せしている。小さいからバッグに付けていても目立たない。……俺も欲しくなってきたので、二つ買おう。
 カウンターで支払って、先に待っていたリュカと、互いに購入したものを交換した。俺が買ったキーホルダーを見て、彼は破顔する。

「今のザガンみたいだね。しかもお揃いなんだ。すごく嬉しいな」
「…………そんなつもりはなかった」
「ふふ、大事にするね」

 本当にそんなつもりはなかったのに、ツンデレだなぁと思われている気がするのは何故だろう。あとぬいぐるみを抱える俺を見て、満足そうに頷くな。しまおうとしたら止められるし。
 少々腹が立ったので、リュカからキーホルダーを奪い、無理矢理バッグに付けてやった。ついでに俺のキーホルダーも、自分でバッグに付ける。

「あぁ、俺が付けてあげたかったのに。ホントつれないなぁ」

 つれなくて結構だ。


       *


 夕方、馬車で大通りに帰ってきた。そのまま解散するつもりでいたが、引き留められてしまう。

「せっかくだし、夕食も一緒に取ろうよ。近くにゆっくり出来る場所があるんだ」
「仲間達が待っているんじゃないのか?」
「デートで帰らないと言ってあるから、大丈夫」
「お、おい放せ。こんな場所で繋ぐな。おいリュカ、聞いているのか」

 人通りの多い場所なのに手を繋がれてしまい、小声で窘めるも、リュカは聞く耳を持たず。こうなったら絶対離さないだろう。抗うだけ疲れるし、もうすぐ陽が落ちて見えなくなるので、諦めて大人しく付いていく。
 だがそうして連れていかれたのは、何故かホテルだった。
 ソレイユ王国のホテルは、貴族や商人などの金持ちが利用する施設であり、経営も貴族である。冒険者が利用するのは大抵、民間人が経営している宿屋だ。俺はおそらく貴族以上に金を持っているが、それでも冒険者なのでホテルを利用したことはない。
 まず外観が、宮殿のようである。玄関前アプローチも広いし、箱型馬車がよく出入りしていて、ドア付近には案内人まで立っている。もちろん警備兵もあちこちにいる。見るからに上流階級専用の施設であり、冒険者というだけで追い出されそうだ。
 けれどリュカが門を通ろうとすると、ラフな服装なのに警備兵が敬礼するし、魔導具で連絡を入れたのか、何人もの従業員がドアから出てきて頭を下げた。エントランスに入れば、待ち構えていた男がホテル支配人だと自己紹介してくる。
 もうすぐ星の欠片ダンジョンが開かれる時期に現れた、キラキラ輝いている金髪に、蒼眼の男。しかも長身のイケメン。彼はわかりやすく、第二王子なのだ。そのせいか手を握られている俺は、フードで髪を隠してぬいぐるみを抱えていても、スルーされている。

「大きいベッド一つに風呂、二人分の夕食と朝食が付く部屋をお願い」
「ちょっと待て」

 白金貨一枚出したリュカを、慌てて止めた。白金貨一枚=百万G=百万円。一泊でそんなに払うなんて、どれだけのサービスを要求するつもりだ。そもそも。

「俺は、食事をしたいと言われたから付いてきたんだ。どうして泊まる必要がある?」
「もちろん、君も食べたいから」
「…………は……そ、れは。遠慮したいんだが」

 遠回しにセックスしたいと言われてしまい、驚いて言葉に詰まったものの、どうにか拒否した。いきなりすぎるだろう。

「駄目かな? 元々外泊込みのつもりで、デートに誘ったんだけど。それに前回は初めてだったのに、テントの中だったでしょ。だからリベンジさせてほしいな」
「テントで充分だから、リベンジは必要ない。それと俺は、このような高級な施設に泊まれるほどの神経を、持ち合わせていない」

 リュカがエロゲ主人公で、俺を攻略対象者として認識している以上、抱くなとは言わない。それにその……き、気持ち良かったし、あったかい気持ちにもなれるから、どうしてもと言うなら受け入れてやらなくもない。
 でも男同士なんだから、もっとひっそりした場所で、隠れてするべきじゃないか?
 こんなふうに男二人で手を繋いでホテルなんて入ったら、何を目的としているか周囲にバレバレではないか。今だって絶対ここにいる全員から、『これからアレコレするのだな』とか、『第二王子は男色か』と思われているぞ。それで良いのか王子。俺は嫌だ、恥ずかしいから帰りたい。頼むから常にテントでしてほしい。
 拒否する俺に何を思ったのか、じっと見つめてくるリュカ。だから負けじと見返していると、腰を引き寄せられ、顔もぐっと近付けられた。
 って、ちょ、おま。今さりげなく支配人に金を渡しただろう。視界の端で、恭しく頭を下げているのが見えているぞ?

「ザガンは慎ましくて可愛いね。でもあの時、君が俺を助けてくれなければ、俺はきっと死んでいたんだよ。もちろんザガンとしては、ついでだったかもしれない。それでも君が助けたのは、俺なんだ。その意味わかる?」
「わからん。相手が王子だろうと貴族だろうと民間人だろうと、俺にとっては同じ命だ。ギルドの護衛依頼でも、場所や過程によって金額は変わるが、護衛対象による変化はない。ついでに助けた人間が誰であろうと、ギルドを通した依頼でないなら対価は発生しない。お前は確かに王子だ。だが誰にとっても自分は特別などという、自惚れた考えは持つな」

 売り言葉に買い言葉である。無礼は承知。いっそ怒ったフリして、このまま帰ってやろうか。
 なんて思いながらも睨み続けていると、リュカは嬉しそうに微笑んできた。

「君ならそう言うよね。ああ、やっぱり好きだなぁ」
「……へ? あ、…………えっ」

 好き、と言ったのか。俺に対して。な、何故だ? 今はまだ五章前半なのに。主人公が誰かに告白するのは、相手を選ぶエンディングのはずなのに。

「ふふ、驚いてるザガンも可愛い。ねぇザガン。俺は君が大好きだから、うんと大切に抱きたいんだよ。美味しいものを食べて、一緒にお風呂に入って、ゆったり出来る大きなベッドで甘やかして。そうして俺でいっぱいに満たして幸せにして、君にも俺を好きになってもらいたいんだ。そうすれば君は、俺だけのものになってくれるでしょう?」

 甘い微笑と、とても柔らかな声。ドクンッと脈打つ心臓。
 ヤバい、顔どころか耳まで熱い。なんだ、なんなのだこのイケメンは。なんという口説き文句を、恥ずかしげもなく吐いてくるのか。
 真っ赤になっているだろう顔を見られたくなくて、俯いてぬいぐるみに顔を押し付けた。するとフードの上から、頭の天辺にちゅっとキスされる。うぐぐ、本当に恥ずかしいから止めてほしい。

「納得したみたいだから、行こうか」

 今のセリフ、半分は支配人に言ったようだ。こちらですと聞こえてきて、顔を上げられないままリュカに手を引かれる。羞恥で逃げたいが、何故か嬉しい気持ちも湧いてきてしまい、相反する感情にぐるぐる混乱した。ドキドキと心臓がうるさいし、握られている手も震えている。
 どうすれば良い? 俺は、どうすれば。
 リュカと支配人が話していて、何人かが行き来している気配がするも、混乱してきちんと把握出来ない。心臓も大きく鳴り続けている。
 お、落ち着け。リュカがイケメンなのは、いつものことではないか。それに加えて、少々甘いセリフを言われただけである。そうだ、今すぐ返事を求められたわけではないのだから、気にしなければ良いんだ。気にするな、気にするな。
 何度も言い聞かせているうちに、少しずつ脈拍が正常に戻り、頭もスッキリしてきた。
 どうにか落ち着いたので、顔を上げる。すると広くて綺麗な部屋の中、いつの間にかズラリと料理が並んでいたし、リュカと二人きりになっていた。


 夕食はとても豪華だった。ワイバーンのステーキだけで、五万G以上するはずだ。他にも色鮮やかなサラダや、ほかほかのクリームスープ、白身魚のムニエルなど。腕の良い料理人が調理してくれたようで、本当に美味かった。ワインも高級なもののようで、爽やかな香りがするし、フルーティーで美味い。
 それと最初から料理が全部テーブルに並べられており、途中で誰かが入ってくることがなかったので、フードを脱げたのもありがたかった。
 リュカがそのように頼んでくれたのだろう。いろいろ気遣ってくれたのか、それとも隣に座って気兼ねなくあーんしたかっただけかは、定かではないが。
 とりあえず口元に料理を運ばれれば食べるしかないし、たまに催促してくるので、何かしら入れてやった。自分が食べるのはあまり気にならないが、食べさせるのは、どうにも照れてしまう。
 そんな俺を見て、幸せそうに微笑むリュカ。

「ありがとうザガン。君に食べさせてもらうと、すっごく美味しいよ」

 いや、味は変わらないと思うが……まぁ喜んでいるようなので、頷くだけに留めておこう。
 腹いっぱいになったあとは、少し休憩してから風呂に入ることに。
 料理を運ばれていた時には風呂も用意されていたらしく、浴室を覗いてみたら、すでに湯が張られていた。広くて綺麗なのはありがたいが、薔薇の花びらまで浮いているのは何故なのか。……深く考えてはいけないな。
 先に脱衣場で服を脱いでいると、リュカも入ってきた。そしてドアの鍵をかける。不思議に思って首を傾げると、ニコリと微笑まれた。

「もし誰かが入ってきて、バッグを盗まれたら困るからね」
「確かに、困るが」

 俺達が入浴している間に、ホテル側は食器を片付けるそうだ。そのついでに、バッグを盗もうとするかもしれないと。しかし王子やその同伴者の所持品を窃盗したら、待っているのは死刑ではないか? ホテルの評判も地に落ちる。
 それにマジックバッグは魔力を流すことで所有者と認識されるが、大抵のものは所有者から離れた状態で他者が触れると、トラップが発動する。先程リュカのバッグにキーホルダーを付けられたのは、リュカの肩にかかっていたからだ。
 だからたぶん、違う理由がある。……そうか、もしかしたら脱衣所どころか、浴室にまで入ってこようとする人間がいるかもしれないのか。王子を誘惑したいと考える女は、確実にいるだろうし。モテすぎるのも大変だな。
 あれこれ考えながらもさっさと全裸になり、浴室のドアを開けた。身体に湯をかけて、先に洗うかどうか悩んだ末、湯船に浸かる。リュカと二人きりなので、気遣う必要はないだろう。
 ふぅと一息ついた頃に、リュカも浴室に入ってきた。
 チラリと見ただけで視線を逸らしたが、やはりデカいな。さすがはエロゲ主人公。
 ……俺のものが小さいわけではないはずだ。いや、この国の平均サイズなど知らないので、なんとも言えないけれど。誰かに見られることがなかったから今までは気にしなかったが、比較対象があると、どうしても比べてしまう。小さくない、よな?
 考えていたら、リュカが横に入ってきた。腰を引かれて、背中から抱き締められる。

「広いのだから離れろ」
「触りたいから却下で」


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