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リュカ(本編補足)

17話

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 翌日は早朝から雪掻きして鍛練をしたら、午後には予定通り、みんなで出掛けた。防具やアクセサリー、アイテム、食材など、次のダンジョン攻略に必要なものは全部買えて、準備万端にする。

 その翌日はまた冒険者ギルドに行き、ザガンがいなかったので受付に聞いてみた。すると昨日討伐依頼をいくつか受けて、まだ帰ってきていないとのこと。受理した依頼数から、顔を出すのは明日かもしれないそうだ。
 元々依頼を受けたら帰ってくるのは翌昼過ぎだと聞いていたので、残念ではあったけど屋敷に戻り、ノエル達と鍛練した。

 そしてまた翌日、2月10日。もうすぐバレンタインデーなので、あちこちに赤やピンクの可愛らしい飾付けがされていて、甘い雰囲気の街並みになっていた。ショーウィンドウにも、綺麗にラッピングされた菓子や、大きな花束が飾られている。

 バレンタインは、大切な人達に菓子や花をプレゼントする日だ。なので両親は毎年ケーキを用意してくれ、家族みんなで食べた。祖父母からは色とりどりの小さなブーケをいただき、毎年部屋に飾っていた。

 ただ16歳になり王立学園に通うようになると、机がチョコレートで埋もれた。直接渡そうとすると断られるからって、机に置くのは止めてほしい。まぁ護衛である執事が全部片付けてくれたし、どれだけ貰おうと返す必要は無いのだけど。むしろ返したら告白を了承したことになってしまうので、絶対してはならない。

 そのように恋人のいない者達にとっては、気になる人にチョコレートを贈る日である。あと恋人には赤バラの花束を贈るのが一般的だが、当然ながら今まで一度も貰ったことはないし、贈ったこともない。

 タイムリープしていた期間は、どうにかループから抜け出そうとあれこれ試行錯誤していたので、毎回誰かしらからチョコを貰っていた。でも好感度として数値化されていると思っていたから、渡されるたびに気持ち悪くて、えずきそうになるのをいつも我慢していた記憶がある。
 アカシックレコード内にあるような、全員から貰うということは一度も起こっていない。方法はわかっていたけど、どうしても無理だった。

 ちなみに今回はどうだったかというと、午前中はみんなでクッキーを作るからと、鍛錬を断られた。そして1人鍛錬を終えてリビングに戻ると、ラッピングしたクッキーを渡された。みんなからです、という言葉付きで。

 バレンタインクッキーは、友の証である。そのようなものを彼女達から貰うのは初めてで、すごく驚いてしまった。しかも彼女達はこれからクッキーパーティーをするらしい。ダンジョン攻略中は無理だから、今のうちに楽しむのだと。彼女達がこんなに仲良いのも初めてで、やはり驚いてしまう。

 以前と変化しているのはノエルだけなので、ノエルの影響によるものだろう。そのノエルを変えたのは、ザガンである。あぁ、今すぐにザガンに会いたいな。なんならチョコレートも贈りたい。でもまだ意識されていないので、チョコだと嫌な気分にさせてしまいそうだ。

 なのでせめてクッキーを贈ろうと思い、冒険者ギルドに向かっている途中にあったスイーツショップで足を止めた。ほぼガラス張りの外観をしていて、店内がよく見える。

 バレンタインが近いからか、中はかなり混んでいた。ここで俺が入ったら、店内は混乱してしまうかもしれない。あるいは変に注目されるか。王子が誰かにチョコレートを贈ろうとしている、なんて噂が立つのは不本意である。

 これは残念だけど、諦めるしかないか。購入するのに時間を取られて、ザガンと会えなくなるのも嫌だし。ということで店から離れようとした、直後。

「……リュカ?」

 後ろから名前を呼ばれて反射的に振り返ると、なんとザガンがいた。こんなタイミングで会えるなんて、もしかして運命かな? 俺はザガンに気付いてなかったから素通りも出来たのに、わざわざ声をかけてくれたのだから、本当に嬉しい。

 すぐにザガンの傍まで行けば、彼は店に視線を向けながら首を傾げた。

「そこの店に入りたかったのか?」
「えっと、ううん。もうすぐバレンタインだなぁと思ってただけ」
「……リュカはチョコが欲しいのか?」
「ほ、欲しい! ザガンからのチョコ欲しい!」

 誰からとは聞かれなかったけど、ザガン以外からは考えられないので、とにかく勢いに任せて主張する。するとザガンは、いつも通りの無表情で見上げてきた。

「そうか。板チョコなら持っているから、共に食べよう」

 えっ、良いの!? しかも一緒に食べてくれるの!? そんな軽々しく誘ってくれるなんて……もしかしてザガン、バレンタインチョコレートの意味を知らない?

 気になる人に贈るもの、もちろん恋愛的な意味で。1ヶ月後のホワイトデーのお返しが交際了承の意味なので、なんとも思っていない人には絶対渡してはならない……のだけど、この様子だとわかってなさそうだ。甘い雰囲気がまったく感じられないもの。

 そうだよね、ザガンは闇属性だからと独りで生きてきた人だ。街の様子からバレンタインデーは知っていても、それぞれの意味をきちんと把握出来る機会は無いだろう。でもなんの意図も無くても、ザガンと一緒にいられるだけで嬉しいので、チョコの意味は伏せたまま付いていく。

 ザガンは数分歩いたところにある公園に入ると、空いてるベンチに腰掛けた。俺も剣をバックルから外してザガンの隣に座ったのだけど、うっかり欲望を抑えられなくて、腕が触れる距離になってしまう。

 近いと指摘されるか、無言で距離を取られるか。どちらにしろ反応されたら落ち込んでしまうけど、ザガンは気にならないのか、淡々とした様子でグローブを外している。前も思ったけれど、ザガンのパーソナルスペースはどうなっているんだろう? 広々としたベンチでこの距離なのに、おかしいと思わないのかな。

 マジックバッグから出された板チョコの包みには、ビターと記載されている。ザガンはそれを開くとペキペキ割り、チョコの欠片を摘んだ。

「ほらリュカ」
「あ、ありがとう」

 まさか手渡してくれるなんて。ドキドキしながらもザガンの指からチョコを取る瞬間、指と指が触れて、うっかりチョコを落としそうになってしまった。あああぁ、一瞬だけどすごく嬉しい!

 ザガンはもう1つ摘むと、それを自分の口に入れた。パリパリ噛んだあと、細かな欠片が付いていたのか、指も舐めて……うわっ舌、舌が。

「? リュカ、そのままでは溶けてしまうぞ。それとも苦味があるのは苦手だったか?」
「ぅううううん、そんなことないよ。うん、うん、すごく美味しいね!」

 慌てて食べて笑顔で答えつつ、体温で溶けて指に付いたものは生活魔法で綺麗にした。自分まで舐めたら、さらに身体が熱くなって股間がヤバいことになりそうだったから。

 それでも不思議そうにじっと見つめてくるザガンに、とにかく誤魔化そうと言葉を紡ぐ。

「ところでこのチョコは、自分で買ったものだよね? ザガンはチョコが好きなの?」
「特別好きというわけではない。甘すぎるものは苦手だしな。ただビターの苦味は好きなのと、街がバレンタインデーを推してるから、少しだけ参加するつもりで購入した」
「少しだけ参加って。もしかして、誰かにあげる予定だった?」
「いや、自分用だ。一応14日に食べる予定だったが……自分用に買うのは、おかしいことなのか?」
「おかしくないよ。自分を労うのは大切なことだよね」

 あああ焦った。一瞬ザガンに、チョコをあげたい人がいるのかと思っちゃったよ。良かった、そうじゃなくて。ただし贈り物のそれぞれの意味をわかっていないので、チョコ以外のものを誰かにプレゼントする可能性も……今日ここで俺を誘っている時点で無いか。

 とにかくニコリと微笑んでいれば、首を傾げていたザガンは納得したように頷く。

「結局、自分用だけではなくなっているがな。ほらリュカ」

 またペキッと割り、欠片をくれた。今度は指が当たらないように受け取り、すぐに食べる。うん、カカオの苦味と甘さが合わさった深い味わいが美味しい。なんならザガンと一緒に食べるだけで極上と思えるくらいに美味しい。

 ゆっくり味わっているうちに、子供達の楽しそうな声が聞こえてきた。そういえば周囲にはいろんな遊具があり、幼児達が遊んでいる。その傍には親達の姿も。

 なんて優しくキラキラした光景だろう。きっと以前は気付かなかった景色だ。何もかもが色褪せていたから。あれらが全て現実だと気付かせてくれたのは、ザガンである。

「こんな穏やかな気持ちでのんびりするのは、いつ振りだろう……」

 言葉に出してしまったのは、少しでもザガンに聞いてほしかったからだろうか。タイムリープし続けたことを……あの絶望の日々を告げて、ザガンにまで重荷を背負わせるようなこと、するべきじゃないのに。ああほら、優しいザガンは、無表情ながらも俺を見つめてくる。

「王城では、そんなに落ち着けなかったのか?」
「ううん、そんなことないよ。ただ心にずっと、不安や焦りがあったんだ。でも君に出会ってから、それらが全部消えたから」
「? 俺は何もしていないが?」
「ふふ、そうだね。俺が勝手にそう感じただけだよ」
「……そうか」

 それ以上聞くべきではないと判断したのか、ザガンはコクリと頷くと、またチョコレートを割って俺に渡してきた。無表情だけど、俺の心を労わろうとしてくれている気がする。その優しさをありがたく受け取り、口に含んだ。うん、とても美味しい。

 チョコレートの味わいに、自然と笑みが零れていく。するとザガンがコクコク頷いた。俺の様子に満足したみたいだ。もう、可愛いなぁ。ホント好き。

 それからしばらくは、俺の幼少期や家族について話した。ちゃんと良い環境で育ってきたし、素晴らしい家族なので心配しなくて大丈夫だと、伝えたかったから。

「ところで、ザガンの子供時代はどうだったの? あんなふうに遊べる機会はあった? それとも差別のせいで、ずっとつらかったのかな。君のことをもっと知りたいから、いろいろ教えてくれたら嬉しい。でも話したくないなら、無理に話さなくて良いからね」
「無理ではないが、隠さねばならないこともあるぞ」
「構わないよ。言いたくないことは、いくらでも避けて」

 促せば、彼はサラリと教えてくれた。3歳の頃に地下に幽閉されたことや、父親や妹のこと。誕生日は7月8日で、父から毎年プレゼントを貰っていたこと。いつも嬉しかったけど、魔導人形オートマタキットを貰った年はことさら嬉しかったと言ってくれて、裏で相談に乗っていた俺も嬉しくなってしまう。そして9歳で屋敷を出たあとに、エトワール大森林で6年間も独りで生活していたことまで。

 隠したかったのは身分のようだ。そうだよね、元貴族だと知られたら、ライル先生やノエルに迷惑がかかるかもしれない。しかし、それにしても。

「大森林からほとんど出ることなく、独りで6年間? よく孤独に耐えられたね?」
「別に独りは苦痛ではないからな。父からたくさんの物資が与えられていたから、困ることも無かった。むしろ誰からも縛られず、自分の好きなように自由に生きられるのは、楽しいことだ。だが大森林は危険と隣合わせだから、魔力が少ない人間には難しいかもしれない」

 屋敷内では一切魔法を使わず戦闘経験も無かったのに、いきなり大森林内でモンスターを狩り続けるなんて、普通出来ることじゃない。最初の約1ヶ月はライル先生に手伝ってもらったみたいだけど、大森林にはSランクやSSランクだってたくさんいるという噂だ。そんな中で生き続けられたザガンは、さすがとしか言いようがない。





 明日からダンジョン攻略が開始されるので、別れるのは残念だったけど、夕方前には屋敷に帰った。

 夜。準備を終えてゆっくり風呂に入り、部屋の明かりを消してベッドに横になる。目を閉じてしばらくじっとしていたが、まだ眠れそうにない。それどころか脳裏にザガンの姿が浮かんでいて、頭が冴えてしまっていた。

 今日もザガンといろいろ話せて嬉しかったな。ちょっと早めのバレンタインチョコまで貰えたし。ザガンに意図が無くても、とても嬉しかった。

 ホワイトデーには何を贈ろう? お返しとなる菓子はなんでも良いが、とにかく相手がくれたものと同価値のものを渡すのが慣わしである。貴方がくれた想いに同じものを返します、という意味で。

 貰ったのが板チョコだから、とにかく手軽なものにしなければならない。甘すぎるのが苦手なだけで、甘さ控えめなら問題無いみたいだから、クッキーにしようかな。そして今日みたいに、また一緒に食べよう。

「…………ザガン」

 ザガンのことを考えると、身体が熱くなってきてペニスが勃起する。ここのところ毎晩だけど、今日はうっかりザガンの横でも勃起しそうになり、かなり焦った。毎晩抜いていたから、どうにか耐えられたけど。

 あの時のザガンの顔を思い出しながら、股間に右手を伸ばした。ペロリと舐めた舌の艶かしさとか、じっと見つめてくる赤い瞳とか。

 あの舌で俺のペニスを舐めてほしいし、舌を這わせながら俺を見つめてほしい。それだけで興奮するし、すごく嬉しくなる。

「……ん、…………は……っ、……」

 もっとザガンに近付きたいな。服越しでなく、素肌に触れて、彼の温もりを感じたい。抱き締めてキスしたい。吐息を飲みながらペニスを擦り合わせて、快感に酔いしれている表情を見たい。

 ザガンの身体はどんなふうだろう? 思ったよりガッシリしているのか、それとも見たままに細身なのか。どちらにしろ腰に腕を回したいし、あちこち舐めたいし、彼の胎内にペニスを入れたい。
 俺に抱かれて、ザガンは気持ち良くなってくれるだろうか? 俺を求めてくれるだろうか? あぁ好きだ、大好きだよザガン。

「ん…………、くっ……、……ッ」

 彼の痴態を想像をしながら何度もペニスを擦り、射精した。燻っていた熱を出せた開放感に、ふぅと息が零れていく。淡い光でサイドテーブルを照らし、ティッシュを何枚か抜いて右手を拭いた。それからペニスも拭いてから生活魔法を使い、再びベッドに横になる。

 明日から約2週間、ザガンに会えないのはとても寂しい。でも圧倒的強者である彼に少しでも近付きたい、置いていかれたくないという気持ちもあるので、今より強くなれるように頑張ろう。

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