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リュカ(本編補足)
04話
しおりを挟む5月下旬、第5ダンジョン。今回ようやく、星の欠片を入手出来た。
けれどボスを倒したあと、第1ダンジョンの時のようにザガンが来たので、慌てて傍にいたカミラに欠片を渡して、全員に魔法陣に乗るよう指示する。
転移する彼女達を、攻撃しようとするザガン。
「させないよ!」
「チッ……クソが!」
威圧してほんの僅かでもザガンを留まらせ、さらに斬りかかったところで、彼女達の気配が無くなった。転移完了したようで、ホッとする。けれど。
「リュカ、助太刀します!」
「え、ノエル!?」
後ろからノエルの声が聞こえてきて、驚いた。ノエルにも転移してもらいたかったのに。
ザガンは現状、俺を殺すことはしないはずなんだ。何を企んでいるかはわからないけど、俺を今から殺してしまうと、面倒事が増えるらしい。なので俺だけなら、最悪でも重傷で済んだはず。
でもノエルは正義感が強いので、ザガンという犯罪者、しかも屋敷を襲撃した人間と同じ闇属性を前にして、逃げることが出来無かったのかもしれない。
「私はノエル・ブレイディ。殺戮者ザガンよ。我が剣にかけて、貴様をここで倒す!」
ノエルは騎士らしく名を名乗りながら、剣を抜いてザガンに向けた。するとザガンは、驚いたように目を見開く。
「……ブレイディ、だと? ……くっ、ははははっ!! ブレイディか。はははははは!!」
突然の高笑い。どうしてそんなに笑うのか。俺も、そして当然、ノエルもわからなくて。
「な、なんだ。何故そんなに笑う!」
「はははっ、何故だと思う? ふ、はは。お前は確かに、あの男に似ているぜ。まさか娘がいたとはなぁ。お前を嬲り殺せば、お前の両親は心底絶望するだろうなぁ。ああ痛快だ。あのクソ共に、こんな形で復讐出来るなんて」
「貴様、どうして私の両親を……ま、まさか過去に母様を殺そうとしたのは、貴様なのか!?」
「さぁ、どうだろうな? くっ、ははは。……せいぜい愉しませてくれよ? ノエル・ブレイディ」
剣を構えているノエルに、斬りかかっていくザガン。ガキンッ! と大きくぶつかり合う音。鍔迫り合いが起こるも、ノエルは両手剣でありながら、片手による短剣を振り払うことが出来無かった。それほどに、ザガンの1撃は重いのだ。
しかもスピードもとても速いので、ノエルの剣を軽く弾くと、どんどん攻撃してくる。ノエルは防御するので必死だ。
ザガンはまるで遊んでいるようで、致命的な攻撃をしないし、魔法もまったく使おうとしない。だからというわけではないが、俺は見ているだけに留めた。魔法を撃ったところでまったくダメージは通らないし、機嫌を損ねてノエルを殺されても困る。
「くぅ……貴様、貴様のせいでっ……母様は!」
「ハッ、あんな残虐なクソ女なんか、知ったこっちゃねぇな!」
愉快そうに笑いながらも、彼の濁っている目が、さらに薄暗くなったように見えた。残虐な女……ノエルの母親が? どういう意味だ? ノエルからは、繊細でとても優しい女性だと、聞いていたけれど。
母親を馬鹿にされたノエルは、激昂して剣技を放った。しかしそれを簡単に受け止められてしまう。僅かな傷さえも入っていない。
「お前、マジで弱ぇな。英雄の子供がこんなに出来悪いなんて、さすがに同情するぜ」
「ッ……き、さまぁ!!」
怒りを露わにするノエルが、輝き始めた。強制転移の兆しだ。良かった、ノエルから転移してくれる。
でもノエルは気付いていないのか、ザガンに斬り掛かっていった。冷ややかな目をしたザガンは、その攻撃も簡単に受け止めると、彼女を足払いして地面に倒す。そして背中を踏み付けた。
「グッ……!」
「雑魚は雑魚らしく、地に這いつくばってろ」
その言葉に、ノエルは何か言い返しただろうか? 直後には転移していたので、わからない。
ノエルがいなくなったことで、ザガンははぁと大きく溜息をついたあと、俺を見てきた。その赤い瞳はあまりにも薄暗くて、恐ろしくて……けれどどうしてか、悲しみで溢れているようだった。
だからか、つい言葉をかけてしまった。
「君は、英雄ライルを知っているんだね? それにノエルの母……ブレイディ夫人も」
「それがどうした? あの女は永遠に咎を背負うべきだし、さっきの娘はいずれ殺す。じわじわと恐怖を与えながら、どれだけ自分が罪深い存在かを思い知らせてやりながら、嬲り殺してやるさ」
とてつもない怒りが滲んでいる。
先程ザガンは、ノエルを殺せば先生達に復讐が出来ると言っていた。つまり先生達とザガンの間に、何かあったんだ。だからザガンは、14年前にブレイディ家を襲撃した。
「……君にどんな理由があるか、俺にはわからない。でもノエルは、絶対に殺させないよ。彼女は、俺が守る!」
「チッ、そうかよ。邪魔するなら、テメェは今ここで死ね!」
ザガンがダンッと踏み込んで、俺に向かってきた。突き付けられる剣先、それを小盾で防いで、剣を振り下ろす。当然のように避けられたし、すぐにまた攻撃された。けれどそれも盾で防御し、押し弾いてから剣で攻撃すると、ザガンは数歩後方へと下がった。
「へぇ。少しは、やるようになったじゃねぇか」
「ありがとう。君に少しでも届くように、努力しているからね」
「ハッ、俺に礼を言ってくるなんて、殊勝なこって」
俺の身体が輝いているからか、ザガンは短剣を鞘に収める。その間にも視界がブれて、大広間に移動した。ノエルが大広間で待っていなかったことにホッとして、ザガンが転移してくる前に、俺も外に出た。
ザガンが屋敷を襲撃した犯人だと判明してからのノエルは、鬼気迫るものがあった。彼女から鍛錬に誘ってくるし、俺が気分転換で街に出掛けている時も、ミランダやニナと修行しているようだ。
目に見えて無理しているし、精神的に追い詰められている。でも夜の誘いを、断られることはなかった。むしろ以前より甘えてくるようになっていたので、コンドームは使用せず、後ろに入れる。こちらの方が妊娠しないし、微量でも魔力を吸収するので、疲れが癒えるそうだ。
俺を素直に受け入れてくれるノエルに、以前よりも愛しさを感じるようになっていた。そして、あまり無理してほしくないと。
少しずつ変化していく自分の心には気付いていたけど、今は王命が優先である。それにザガンのことで切羽詰まっている彼女に対して、同情とも思われたくなかったので、何も言わなかった。
そうして6月になり、第6ダンジョンの攻略も終えられた。今回も俺達が最初に最深部に着いてボスを倒したし、今度はザガンが現れることもなかった。だから、油断してしまったんだ。
まさかダンジョンの外で、ザガンが待ち構えていたなんて。ザガンは遠くからノエルを触手で捕らえると、あっという間に引き寄せて、攫っていってしまった。すぐに追おうとしたけれど、放たれた大魔法のあまりの威力に、防御するのがいっぱいいっぱいで。
気絶してしまい、けれど無事だったシンディに回復してもらったところ、まだ10分ほどしか経っていなかった。他のダンジョン攻略者達も、まだ外に出てきていないくらいの時間。
ノエルの気配は、遠くからでもどうにか感じられた。きっと何回か、彼女に俺の魔力を与えていたからだろう。なので仲間達はシンディに任せて、ノエルを追った。
走っているうちに雨が降ってきて、全身がびしょ濡れになる。
ザガンとノエルがいたのは、街外れの廃墟だった。人もまったくいない、寂れた場所。
そこにある建物の1つに、2人はいた。酷いことにはならないでいくれと願っていたけど、ノエルはザガンに犯されていて。その光景を見た瞬間、カッとなって剣を抜いていた。
「ザガン――ッ!!」
ノエルと繋がっているザガンの背中に、剣を振り下ろす。けれど触手で防御された挙句、両腕に絡んできた。剣は振るえなくなってしまったが、光魔法で触手を切る。その間にノエルの中からペニスを抜いたザガンも、短剣を構えてきた。
でも改めて剣を構えたところで、身体を起こしたノエルが叫ぶ。
「待ってください! その人を傷付けないで!」
「ノエル!? どうしてっ」
「だって。だってその人は……っ」
ノエルは涙を零していた。それに顔色が悪い。陵辱されたのだから当然だけど、それだけが理由ではないのは、訴えてくる言葉でわかる。ザガンが、なんなんだろう?
何かを言おうとして、けれど言葉を詰まらせるノエルに、ザガンは心底嫌そうに眉間に皺を寄せた。そして、歪んだ笑みを浮かべる。
「…………ハッ、興が醒めた。今回は見逃してやる。だが次に会った時は、……確実に貴様らを殺してやる。せいぜい余生を楽しむんだな。くはっ、あははははっ!」
ザガンは部屋の奥、暗い壁際に移動すると、そのまま壁の中に入るようにして姿を消した。いったいどういう魔法なのか。光を灯してみても、壁があるだけ。とりあえず気配が無くなったので、もう大丈夫だろう。
剣を収めてノエルの傍に寄ると、彼女は自力で立ち上がった。支えるつもりで手を出したけど、首を横に振られて断られてしまう。心配したものの足取りはしっかりしていたし、雨が降っている中、きちんと俺に付いて走ってくれた。
屋敷に戻ると、仲間達が出迎えてくれた。心配そうに話しかけてくる彼女達に、ノエルは笑顔で大丈夫と答える。俺が助けてくれたからと。びしょ濡れだったこともあり、すぐに風呂の用意をしてくれて、それぞれ入浴した。
夕食でも、いつも通りの笑顔。けれどその夜、俺の部屋を訪れてきたノエルの表情は、とても苦しげだった。とにかく入るよう促して、ベッドに座らせる。
縋ってくるなら、すぐにでも抱き締めるつもりでいた。慰めてほしいと言うなら、いくらでも身体を重ねるつもりでいた。けれどノエルは、そういうものを拒絶しているようだ。だから待つしかない。
しばらく俯いていたノエルだったが、はぁと溜息をつくと、ようやく俺を見てきた。
「リュカ、あの人は。……ザガン殿は、私の、兄でした」
搾り出された声に、驚かずにはいられなかった。
ザガンが、ノエルの兄? ライル先生の息子?
「ほ、本当に?」
情けない声が出てしまった。でもそれくらい、ビックリしたんだ。まったく想像していなかったから。でも言われてみれば、納得する自分もいるから。
それにノエルが言うには、14年間屋敷から出ていないブレイディ夫人の髪色を、ザガンは知っていたそうだ。空色だなんて、幼馴染の俺でも初めて知るような情報を、彼は知っていた。
そして夫人が重症になったのは、そもそもライル先生達が、ザガンを虐待していたのが原因らしい。
「嘘ではないと思いました。だって父様は、母様をあんなふうにした犯人を、探そうとしていませんでしたから。問い詰めても、必要無いと。それもそうですよね。自分の息子が原因だと、最初からわかっていたんですから。……私は犯人を捕らえる為に、幼い頃から、騎士を目指していたのに」
ぎゅっと拳を握り締めるノエル。
そんな彼女を見ていると、思い出すことがあった。14年前、ブレイディ家が襲撃された約3ヵ月後に、先生が久しぶりに登城した時のこと。あの時の先生は、襲撃犯を憎んでいるようには見えなかった。むしろ後悔して、自分自身を責めていたように思う。
俺の頭を撫でたことに先生自身がビックリしていて、そして今のノエルと同じように、泣きそうに顔を歪めながら、ぎゅっと拳を握ったのだ。
あの時は理由がわからなかったけど、屋敷を破壊したのが元々そこに住んでいた息子だというなら、納得する。闇属性の……黒髪であるザガンを、隠していたのなら。
先生自身が後悔していたので、虐待していたのも真実なんだろう。たぶん先生自身にそのつもりは無くて、結果的に虐待になってしまった。でも幼いザガンにとっては、とてもつらかったはずだ。だから両親を心底憎んで、闇属性を差別する社会を憎んだ。そして……。
思考を切り替えるように、ふぅと息を吐く。それからノエルの真正面に膝を付いて、彼女の拳をゆっくり開かせた。
「ザガンが本当に兄だったとして、先生が虐待していたとしても。それでも彼は、多くの人達を殺してきているんだ。極悪非道の罪人を、見過ごすわけにはいかない。それに、君にも酷いことをした」
どれだけ悲しい境遇であっても、何万人という人々を殺しているのは、絶対に許されないことなのだ。どう足掻いても、ザガンは罪人である。それを忘れてはいけない。
ノエルも理解しているからこそ、頷きはした。
「……わかっています。あの人は悪だって。でも次にあの人と戦うことになった時、躊躇せずに剣を向けられるか、わからないのです。――あの人の、悲痛な声が、聞こえてくるから」
まるで搾り出すような涙声に、胸が痛くなった。
正義感溢れているノエルなので、時間が経てば、気持ちを切り替えられると思っていた。けれどふとした瞬間、思い悩んでいる。きっとザガンに……兄に、想いを馳せているのだろう。
ノエルがザガンと何を話したのか、詳しくはわからない。『あの人の、悲痛な声が、聞こえてくる』。そう言っていたので、もしかしたらザガンは、泣きながらノエルを責めたのかもしれない。ザガンからすれば、自分は虐待されていたのに、妹は両親を慕うくらいに愛されていたのだ。あまりにも理不尽な格差に、激怒して殺そうとするのも頷ける。
それにノエルは、闇属性は悪だと信じ続けてきた。屋敷を襲撃されて、母親が重体になったから。けれど実際に悪かったのは、両親の方である。先生達がザガンを虐待せず、きちんと愛して育てていれば、今のようにはなっていなかったはずだ。大勢の人々が殺されることも、きっとなかった。
自分の信じてきた正義が、崩れていく感覚。それは、俺にはわからない。わからないから、ただ傍にいることしか出来無かった。
「……確実に貴様らを殺してやる、か」
次に会った時、ザガンは本気で殺しにくるだろう。それだけの怒りを感じたから。
そんな彼の攻撃を、止められるだろうか? 躊躇してしまうノエルを、守れるかどうか。そもそも俺自身、生きていられるかどうか不明である。もしかしたら俺も、ザガンを前にしたら、剣が鈍ってしまうかもしれない。
不安になりながら、それでも毎日の鍛錬を欠かさなかった。みんなも相変わらず協力してくれる。彼女達のおかげで、前に進むことが出来た。
第7ダンジョンでは俺達が欠片を入手出来たし、ザガンと会うこともなかった。
第8ダンジョンも同じく。それにザガンとの遭遇も無し。
ダンジョンから出る時ですら、慎重に気配を探らなければならないので、精神が磨り減ってしまう。
「今回も、あの人とは会えませんでしたね」
「……うん、そうだね」
ノエルの残念そうな言葉に、複雑な気持ちで同意する。
ノエルはきっと、ザガンに会いたいんだろうな。そして、きちんと話をしたいんだろう。自分の兄に、少しでも寄り添いたいから。たとえ、殺されたとしても。
でもザガンは、ノエルから同情されようものなら、さらに激昂する気がするんだ。産まれてから今までずっと虐げられてきた彼が、兄がいたことすら知らなかった妹に、優しく声をかけられたら……一瞬で、首を飛ばしてしまう気がする。会話なんて出来無いんじゃないか。
だから俺は、ザガンに会いたくなかった。
それにもしかしたら、ザガンもノエルに会いたくないのかもしれない。だってそうだろう? 君ほどの実力があるなら、いつでも奇襲が可能なはずだ。壁を抜ける魔法で気付かれず屋敷に侵入することも、そして眠っているノエルを殺すことも、簡単に出来るじゃないか。
でもそうしてこないのは、ザガンも迷っているからかもしれない。いろんな葛藤があるのかもしれない。
もしかして、ノエルを殺したくない? 何万人も殺してるけど、実は無差別じゃなくて、闇属性を虐げていた人間だけを殺してたの?
ねぇザガン?
ねぇ……。
「うああっ、あ、あっ……に、……にい、さま。にいさまぁ――ッ!!」
ノエルが泣き叫ぶ。ザガンの、亡骸を抱き締めて。
第9都市。今回は欠片を入手出来ず、強制転移でダンジョンから出た。そして屋敷に帰っている途中で、ドラゴン数体が襲ってきたのだ。
建物をどんどん破壊していくドラゴン達。あまりの強さに恐怖を感じたけれど、しかしドラゴンはすでに負傷して、魔素を噴出させていた。あれなら倒せるかもしれない。そう考えて、周囲の魔導騎士達や冒険者達と力を合わせたところ、どうにか1体撃破出来た。
しかしまだ何体か残っている。だから他のドラゴンのところへ移動していると、闇組織がいるという報告を受けた。このドラゴン達を操っているのは、どうやら闇組織らしいと。
なのでそちらに向かい、フードを被っている集団と対峙した。
『これはこれは。第2王子と、そのお仲間さん達じゃないですか。いつもご活躍を拝見していますよ』
『に……ザガン、ザガン殿はどこにいる?』
『ザガン? ああ、彼なら死にましたよ。ここにドラゴン達が来ているのが証拠です。彼は自分が入手した星の欠片を、我々に渡そうとしなかったのでね。しかしまさか、1人でドラゴン2体も倒してしまうとは思いませんでした。あんな危険分子、生かしておいたら我々まで危険に陥ってしまう。始末して当然です』
そんな言葉のあと、俺達のところに残り2体が集まってきた。彼らがドラゴンを操っているというのは、本当だったらしい。
混乱しているノエルを叱咤しつつ、街の人達と協力して、ドラゴンと戦った。ドラゴンが最初から結構なダメージを負っているのは、ザガンが先に戦っていたかららしい。
そうしてどうにか倒したあと、ノエルと2人で、ザガンを探しにきたのだ。
彼がどこにいるのかわかるのか、駆けていくノエルに迷いは無かった。陵辱された時に魔力を与えられたことで、彼の魔力を感知出来るようになっていたのかもしれない。あるいは、兄妹の絆か。
ザガンは見つけられた。でももう……心臓は止まっていた。
ノエルは自分が汚れるのも構わず、血まみれのザガンを抱いて泣いている。俺も悲しくて涙が零れそうになったけど、ぐっと堪えた。
それに正直、ホッとしている。ノエルが、ザガンに殺されずに済んで。ザガンが、ノエルを殺さずに済んで。……これ以上罪を重ねず、人々の悪意に晒されずに済んで。
もし、ザガンがノエルの言葉に耳を傾け、心を動かしてくれたとしても、彼はすでに罪人である。改心しようにも、捕まれば死罪。人々からの悪意も、さらにザガンに向かってしまう。
だから1人ドラゴンと戦い、街を守ろうとしてくれたように思えるこの瞬間で亡くなったことは、悲しいけど喜ばしいことでもあった。
これでザガンは、俺にとっての――英雄になってくれるから。
罪人だとわかっていても、それでも俺は、ザガンに憧れていたから。
ノエルは疲れたのか、ぼんやりとザガンを見つめながら、ただ涙を流していた。ほんの少しだけど、2人が兄妹として生きた時間。それはとても尊いものである。だから。
「ザガンの亡骸、そろそろマジックバッグに入れるね」
「…………、……」
「それで王都に戻ったら、ライル先生に報告して……そしてきちんと弔って、ザガンのお墓を立てよう。ね?」
優しくノエルに声をかければ、彼女は黙ったまま、それでも頷いてくれた。
ノエルには持たせたくなかった。ノエルが持っていたら、ふとした瞬間、亡骸を出して抱き締めるんじゃないか、そうして心が壊れていくんじゃないかと心配になるから。それを自分でもわかっているのか、横から取ろうとせず、静かに見守ってくれる。
せめて顔くらいは綺麗にしようと、ハンカチを水筒の水で濡らして、頬の血を拭いた。それから乱れた黒髪を整える。綺麗になった顔を確かめるように頬に触れると、まだ温かい。
ザガンの頭を撫でているノエルに申し訳無さを感じながらも、彼をマジックバッグに入れた。生きているものは入れられないバッグに入ってしまったことが、また悲しさを募らせるし、ノエルもまた声を出して泣いてしまう。
そんな彼女をそっと抱き締めて、俺も少しだけ、涙を零した。
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